セミオの思い出①
あれは2020年の夏の始め。
神田川添いの遊歩道でセミオと出会った。
実はそのちょっと前まで、家から歩いて20分のその場所に、素敵な遊歩道があることを知らなかった。新型コロナの影響で突然在宅勤務となり、緊急事態宣言下の外出自粛で、気軽に電車に乗って出かけられなくなったので、仕方なく近所を歩き回っていて、偶然見つけた。
夏の初めの夕方、いつものように水音を聞きながら散歩していたら、見たことのない大きな虫がもくもくと歩いていた。茶色い、ゴツゴツ、ごわごわしたからだを揺すり、道の真ん中を。
私は思わず、わあっ!と声を出してよけた。
が、なんだか気になり、立ち止まって、そいつを見つめた。
その間にも、そいつは前に向かって、一心不乱に進んでいく。私は不安になった。
遊歩道には自転車やランナーもいる。安全な所によけてやらねば。
ちょうど雨上がりで、私は傘を持っていた。虫を素手で掴むのは怖かったので、試しに奴の前に傘を差しだしてみる。すると、狂ったように登ってくるではないか。
あまりの勢いに、このままでは傘を持つ私の手にまで這い上がってくるのではと不安にかられた。それはどうしても避けたかったので、急いで川寄りの土のあるところまで傘ごと奴を運び、えいっ、えいっと振り落とした。
視線を感じて振り向くと、何回かこの場所ですれ違ったことのあるおじさんランナーが一部始終を見守っていたらしく、よくやった!と親指を出してくれた。すかさず私も親指を出し返す。
よかった、これであいつは人間に踏み潰されることはないだろう。
すっかりいい気分で帰宅したものの。
いったい、あの虫は何だったのか。
気になって調べてみたら、蝉の幼虫だった。
あんなに必死に歩いていたのは、脱皮する場所を探していたのだと知った。
私はショックだった。
そして、必死に私の傘に登ってくるあいつの姿がよみがえった。
必死なはずだ。あいつは、私の傘を木だと思ったんだ。傘に掴まって、脱皮しようとしてたんだ。。。
脱皮直前ということは、からだは柔らかいのじゃないだろうか。
えいっ、えいって、傘から振り落としたりして、大丈夫だったんだろうか。
無事に脱皮できたのか。いや、振り落としたあたりに、木はあっただろうか。土や草はあったけれど、木があったかどうかは思い出せなかった。
いや、あのあたりに適当な木がないから、あいつは私の傘なんかに登ってきたんじゃないのか。
蝉は八年、だっけ。長いこと土の中にいて、やっと地上に出てきたんだ。それなのに、私ったら。。。
あああ、セミオ~~! ごめんよ~!!!
あの日からずっと、私はなんとなくセミオに申し訳ない気持ちを持っている。
あいつにセミオと名付けたのは、どうか無事にセミになっていてほしいという願いを込めたのと、その前年に好きだったドラマ、『セミオトコ』でジャニーズの山田涼介くん演じる主人公がセミオという名前だったからである。
②に続く。。かもしれない。