鳴子温泉への旅 上
いつもお読みいただき、ありがたうございます。玉川可奈子です。疲れ切つた心と体を癒すには、好きなことをすること、そして「非日常」の世界に行くことが必要だと考へてゐます。そして、私にとつての「非日常」は旅と温泉です。
今回の「非日常」は久しぶりの週末パスを利用した旅です。週末パスの旅は何度か書いてゐますので、そちらもご一緒にお読みいただけたら幸甚です。
今回の旅の計画の段階で、羽越本線の快速海里に乗るか、只見線に乗るか、アレコレ考へてゐました。快速海里(下り)の指定席は入手してゐたので、上越新幹線の指定席を購入しようとしたところ、何と満席でした。しかも、三十分以上待ちました。
みどりの窓口が最近、とても混んでゐるやうな気がします。といふより、実際混んでゐます。
対応する窓口の人も大変ですね。きつぷのルールを知らない人、外つ国の人、私のやうに鉄道に詳しく見慣れない列車の指定席や複雑な乗車券を希望する人等への応対…。自動券売機で新幹線等が買へるやうになり、各駅に当たり前のやうにあつたみどりの窓口が武漢熱禍等により閉鎖された結果、上野駅などの大きな駅のそれは混雑が生じて、顧客の不満を高めてゐるやうに感じます。
自動券売機に慣れない年配の人(お金があるJR側のターゲット)は嫌でも窓口に行きますし、外国人もさう。私のやうな鉄ヲタも自動券売機できつぷを買ふことができないので窓口へ行くことになります。私のやうな例は少数でせうが、三十分も待たされるのは苦痛です。どうにかならぬものでせうか。
そこでネット予約、となるのですが、上記の三方にそれは難しいでせう。切実に、窓口の拡大をしてほしいものです。
閑話休題。仕方がないので第二案であつた、ひたち3号に乗り、常磐線を乗り潰して仙台まで行くことにしました。また全線復旧後、初の常磐線乗車でした(大津港以北)。
目的地は、鳴子温泉です。鳴子温泉は、私の大好きな温泉の一つです。豊富な湯量と泉質、行けば行くほど好きになれる温泉です。
なほ、機会があれば、「玉川可奈子の好きな温泉」を執筆する…つもりです。
ひたち3号
朝から不愉快なことが多く、嫌な旅立ちでした。せつかくの旅なのに。
その第一は、昨夜から降る雨です。
第二は、家の前からタクシーに乗り上野駅まで行かうとしたところ、何と乗車拒否されました。明らかに「空車」で走つてゐるのに、私の姿を見た瞬間に「迎車」に変へました。
苛立つ気持ちを落ち着けて、バスで上野駅に行きました。ホームで目的の特急ひたち3号仙台行きを待つてゐると、定刻八時に列車は入線してきました。
しかし、ひたち3号で、私をイラつかせる事件は起きました。私の席に荷物を置いて宴会する者がをり、座れません。
「そこ、私の席ですが」
冷たく言ひ放ち、退いてもらひました。相手は平謝りでしたが、朝から不愉快なことが重なると機嫌も悪くなるものです。なほ、隣のおつさんは広々と座席を使つてをり、狭苦しい。そこに追ひ打ちをかけるやうに赤ん坊が泣く。軽くパニクリます。
列車は北千住駅を出て、荒川にかかる橋を渡りました。車窓右手には、堅牢にして壮観な東京拘置所が見えてきました。ところで、拘置所は刑務所と違ひ、未決拘禁者や死刑確定者を収容する施設です。
柏駅を発車すると、にはかに列車は速度を上げたやうに感じます。
雨のせいか、車窓左手には筑波山は見えません。
荒川沖駅は、かつて痛ましい通り魔事件が置きました。実行した者(K)はすでに死刑になりましたが、この事件もいはゆる「胸糞」です。
土浦駅手前では、一瞬、霞ヶ浦が見えました。雨の霞ヶ浦は乙なものです。土浦駅を出ると蓮根畑が見えるやうになりました。
護国の英霊をお祀りする茨城縣護國神社が見え、数本の色付いた梅の木が目の前に現れると、偕楽園駅に着きました。
偕楽園は、梅が盛りです。
家の風 今も香りの 尽きぬにぞ 文好む木の 盛り知らるる
とは、烈公徳川斉昭の歌ですが、文好む木の盛りが雨に濡れるは少し残念です。千波湖を横目に見てしばらく走れば、水戸駅です。でも、今回は水戸を素通りします。
日立駅のあたり太平洋が見えてきました。海を見たかつたので、何だか嬉しいです。
勿来駅の手前あたりでも砂浜が見えました。勿来は、「来てはならぬ」の意で、
吹く風を な来その関と 思へども 道も狭に散る 桜花かな
といふ源義家の歌でも知られてゐませう。
福島県に入りました。車内では、景色を眺めて過ごしてゐました。車内は暖房が効いてゐて、とても暑く感じてゐます。
いわき駅を出発した頃、隣のおつさんは別の席に勝手に移動してゐました。久ノ浜駅あたりから列車は海沿ひを走ります。
広野駅、Jヴィレッジ駅と、震災後の復興を感じさせる駅を通過すると、あの時のことが偲ばれます。富岡駅から浪江駅間が再び開通し、常磐線は復活しました。長い年月でした。けふの雨は、当時の苦心を示してゐる感があります。
富岡駅では、どこか寂し気な、荒涼とした景色でした。雨のせいでせうか。車窓左手には、住宅地も見えましたが。双葉駅はもつと厳しい現実が見えました。家に人の気配がなく、荒廃してゐるものさへありました。かつて、地震から間もない時機に福島第一原発を見に行きましたが、その時とさほど変はらない景色が見えました。
浪江駅を出発して、列車は仙台へ向けて北上し続けてゐます。出発から三時間半以上経ちました。
先週の日曜日から働きづめだつたせいか、疲労により首と頭が痛いです。人の噂をかぎまはり、およそ大人とは思へぬ不愉快な言動をする者、突発的に入る業務、係長の思ひ付き、理不尽、そんなことで…と思ふことなど、余裕のない中でアレをやり、これをやりといふ状況でした。
原ノ町駅に着きましたが、隣のおつさん連中は降りませんでした。
原ノ町駅を出発し、仙台駅まで残り一時間を切つてゐます。古くは、上野駅から原ノ町駅まで行く普通列車があつたことを思ひ出しました。ボンネットタイプの485系のひたちが走つてゐた頃、です。
野馬追ひで有名な相馬駅に着くと、隣のおつさん連中が降りて行きました。車窓には遠く松川浦は見えません。
車窓には、ところどころにはだれ雪が見えました。田んぼや木々にかかる雪は、都人には風情があります。ふと車窓を見ると、雨ではなく雪が降つてゐる地域もありました。広大な阿武隈川を渡り、仙台も近付いてきました。
そして、定刻十二時二十九分。四時間半にわたる常磐線の旅を終へ、杜の都仙台に着きました。ここ最近、北へ行く手段はいつも新幹線だつたので、在来線の特急を使ふのも楽しいものです。車内が暑く、息苦しさもありましたが。公共交通機関の冷暖房設備は、加減が良くなくて長時間乗つてゐると不調の原因になります。夏は寒過ぎて、冬は暑い。調整が難しいです。
仙台から北へ
仙台では、雨の中を歩くのは嫌だつたので、けふの夕飯を駅で買ひ、食事をしました。唐揚げカレーそば(600円)ですが、味はマア、かういふところの味といつたところです。
さて、これからの予定ですが、四時から五時までに鳴子温泉に着けば良いので、旅程を検討しました。新幹線で古川駅まで行き、陸羽東線に乗るか。または東北本線で小牛田駅まで行き、陸羽東線に乗るか。三十秒くらゐ迷つた挙句、新幹線に乗ることにしました。
八百八十円の自由席券を購入し、改札を潜ると、お土産コーナーにお酒を呑めるところがありました。一杯三百円。宮城県のお酒を注文したいところですが、迷はず田酒にしました。相変はらず、サラリと水のやうに美味しい。
さて、私の乗る予定の列車は、やまびこ153号です。ホームに行けば、早くも列ができてゐました。定刻通りに列車はホームに入線し、「青葉城恋唄」の発車メロディーが流れます。何度聴いても素敵な曲、そして美しい言の葉。仙台の人を羨ましく思ひます。
3号車の自由席に座つた私は、たまのをの乗車時間、外を眺めてゐました。流石に雪も多くなり、東北らしく感じます。そして、古川駅まで十三分で到着しました。
駅のダイソーでお菓子を買ひ、陸羽東線の110系に乗りました。この時点でボックス席はすべて埋まつてゐましたが、西古川駅で降りた客が降り、ボックス席に移動しました。そして、鳴子温泉駅に着くまで寝てました。
鳴子温泉
鳴子温泉駅で降り、すぐに公衆浴場の滝の湯へ行きました。駅から三分も歩けば、滝の湯に着きます。雪も雨もほとんど降つてゐませんでした。
滝の湯は二百円で入れます。入り口左側の券売機で券を買ひ、入り口の箱に入れて中に入ります。
「こいついつも滝の湯行つてんな」
冗談はともかく、風呂場はそれなりに混んでゐました。混合泉で、pH値2.9の湯は流石に疲れた身体に効きました。白妙に照れる湯は、色のみならず効能も優れてをり、ぬるめの湯に十分入つてゐたら、肌がピリピリとしてきました。風が冷たいせいか、休んでゐる時も気持ちが良いのです。熱い湯には、五分、三分、三分入りました。
天地の恵みのありがたさは、言葉に表し難いものがありますね。
滝の湯を出て、本日の宿である姥の湯に投宿しました。素泊まりで五千円少々です。湯治場のやうな部屋に通されました。
風情のある宿で、プライバシーのかけらもありませんが、湯はとても良かつた。単純泉はぬるめで、鉄分が含まれてゐるのでせうか。少し濁つてゐました。長湯してしまひました。
また、硫黄泉は、滝の湯と違ひアルカリ度が高く、単純泉より熱めでした。
夜の露天風呂も良い湯でした。露天風呂は、重曹泉とのことでしたが、単純泉よりも鉄分のかをりが強く感じられました。単純泉よりも熱く、硫黄泉よりもぬるめの湯で長く入つてゐられました。
近くの部屋で、老人が酒盛りをしてゐる声が響いてきますが、これもまた風情といふものでせう。
疲れてゐたのか、風呂から出てすぐに寝てしまひました。
明日は、鳴子温泉を出て再び鉄道に乗る旅をします。どうかお楽しみに。そして、最後までお読みいただき、ありがたうございました。(続)
追記
三月二十日のけふは、地下鉄サリン事件。このテロ事件は、わが国を震撼させました。二度とこのやうなことがあつてはなりません。かくいふ私もこの事件の被害者の一人だからです(小伝馬町駅にゐました)。