私の頭の中の人
記憶に残る人がいる。美容師。
記憶に残る美容師は、私が東京で暮らしていた20代の頃に、友人の紹介で訪ねた古くて薄暗いアパートの一室を改装した美容室で働いていた。
私が美容室に入ると
「お腹空いてない?お腹空いていたら何か作るよ。」って…
ここは、美容室。
アパートの壁をぶち抜いた広い室内には、重厚な赤い色のスタイリングチェアと大きな鏡が柔らかい日差しが入るベランダ側にあった。
スタイリングチェアは一つ。
完全プライベートでした。
スタイリングチェアとは別にゆったりと寛げる革張りのソファがあって、私は入って直ぐにそのソファに座った。
細身の40代後半くらいの男性の美容師だった。
白髪交じりの長めの髪をゴムでスッキリと結んでいた。
古いアパートなので、室内の奥にキッチンがあるのだけれど、バーカウンターになっていて、夜になると、お客様の要望でお酒も出したりしているそうだ。
美容室で待っている時間にコーヒーのサービスはよくあるけれど、お酒を出しているとは思わなかった。何だか薄暗い古いアパートの前で緊張していた私だったけれど、何だか楽しくて緊張感が緩んでいった。
そして、私が入るなり
「お腹空いてない?お腹空いていたら何か作るよ。」と…
なんだか力が抜けていて面白い美容師だなという印象で記憶に残っていた。
初めて会ったのに昨日まで一緒に居たかと勘違いするほど会話と会話の隙間を埋めようとしなくてもよい感じで居心地が良かった。
得意料理はオムライスって言っていたけれど、お昼を済ませてから行ったので、食事はご馳走にならなかった。
この時の髪型はお任せだったのだけれど、人生初のスパイラルパーマで、ちょっと冒険してみた感じにはなったけれど、直ぐに馴染んでいった。
その頃の私と言えば、東京の時の流れの速さに圧倒されて精神的にも肉体的にもボロボロだったので、力を抜いて仕事をしている美容師さんの姿が羨ましかった。
仕事って楽しみながらやれたらいいよね。