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【居場所】”サードプレイス”は何ヶ所あっても、別にいいよね
スーパーの店内を家族で歩いていた。
母に、北海道民の血液ともいえるめんつゆ、「めんみ」を4本買ってきてほしいと頼まれたからだ。
なにせ、”お一人様1本まで!大特価!!”と広告にデカデカと載ったとあれば、74歳の母が黙っちゃいない。日曜日の早朝に、電話で起こされた。これがなければ、年末年始のおせちに年越しそば、なーんにも作れない。こんな時5人家族は役に立つ。
私たち夫婦と、中1の次女と三女の双子、合わせて4人。無事に戦利品を抱えてスーパーの出口に向かっていると、見覚えのある小柄な年配のご婦人が見えた。
「あ、れいこさんだ。」
そう、れいこさんである。
私が気づき「れいこさーん!」と手を振る。
れいこさんも気が付き、
「あらーーー!」と手を振ってくれる。
れいこさんは、双子を見るなり、
「しばらく振りねぇ~!」と言いながら両手を広げて双子に近づいたかと思うと、そのまま二人の首に両手回し、二人同時にぎゅーーーっとハグしてくれた。
スーパーの中でいきなり豪快にハグされ戸惑う思春期の双子も、笑いながらぎゅーっとハグを返す。
れいこさんは80代後半とは思えないくらいいつも元気だ。おソノさんのようにおおらかで明るく、ドーラのような豪快さを兼ね備えている。その小柄でかわいい見た目とは裏腹に、ちょっと辛口だけど、とっても愛情深いひと。
れいこさんは、
うちの実家のご近所に住む、お友達だ。
ちなみに、私の友達ではない。
うちの母の友達でもない。
れいこさんは、双子の友達である。
れいこさんの家は、うちの実家から数件先のところにある。まぁ、歩いて30秒ほどの距離か。
私たち家族が北海道に移住した十数年前、私たちは実家のとなりの家を借りて住んでいた。
実家の前の道路は車がほとんど通らない。
子どもたちが歩き始めた頃から、父が孫の手をつないで何度もその道を往復したり、いとこたちが遊びに来るたびみんなで走って競争したり、自転車の練習もそこでしたなーなんて、そんなエモい思い出が全く見え隠れしない、ただのコンクリートの道。その同じ道に並んで建っているのが、れいこさんちである。
れいこさんちにはターボという名の犬がいる。
数年前まで外の犬小屋で飼われていたターボは、これまた、なかなかクールな態度の雑種だ。
子どもたちはいつもこっそりターボに会いに行っては、小声で「ターボ!」と呼んで、めんどくさそうに出てきたターボを隠れて撫でたりしていたが、あまりに頻繁に行くのでそのうち飼い主に見つかり、「あんたたち、どこの子なの?」と聞かれることとなる。それがれいこさんだ。
私たちは、れいこさんを怖い人だと思っていた。
私も長年ご近所に住んではいたが、何度もすれ違ったり顔を合わせて会釈しても、れいこさんはいつも厳しい顔でこちらを見るだけで、挨拶が返ってくることは少なかった。
だからこそ私たちは隠れてターボと遊んでいたのだが、いざ、れいこさんと話してみたら、れいこさんは全然怖い人ではないとわかった。
れいこさんは、ただめちゃめちゃ目が悪くて、かなり近づかないと誰に挨拶されているのか、全然見えてないだけだった。
仲良くなってからというもの、うちの子どもたちはれいこさんに「いつでもターボのテリトリーに不法侵入しても良い」という許可をもらい、堂々とターボに会いに行くようになった。
れいこさんには優しいご主人がいて、遠方に住む娘さん家族やお孫さんもいる。それなのに、赤の他人のうちの娘たちにいつも本当に良くしてくれた。
うちの子たちはあっという間にれいこさんと仲良くなり、よくおうちにお邪魔しては、定期的にれいこさんちの居間の柱に身長を刻む程の仲になった。ちなみに、それを聞いた私は、我が子ながら図々しすぎて、慌てふためいた。
れいこさんがあまりにうちの子に良くしてくださるので、親としては何度も挨拶にいったり、お菓子を持たせたりしたが、れいこさんはどうやら心底うちの子たちとの交流を楽しんでくれているようで、娘たちはいつも持たせた倍の量のお菓子をもらって帰ってきた。
娘たちは遊びに行ってはおしゃべりを楽しんだり、ターボとあそんだり、庭のブドウを採らせてもらったりして、保育園や学校から帰ってきては、れいこさんとの楽しい時間を過ごしていた。
そんなれいこさんとの楽しい時間も、
急に終わりが訪れる。
私たちが引っ越すことになったのである。
引っ越すと言っても、新居は隣町で車で2分だし、実家には週に2~3回は行くのでさみしくはない。それでも、気が付けばうちの双子も3年生、長女は5年生になっていて、そもそもれいこさんの家に遊びに行く回数も少なくなっていた。
「来年のGWに引っ越すことになりました」と夫婦でれいこさんにご挨拶に伺った。引っ越すなんてびっくりさせちゃうかと思っていたのに、「土地探しから、メーカー決めからこの前の地鎮祭まで、全部、逐一お嬢様方に聞いてたわよ。」と言われ、小学生女子の怖さを知った。
そしてれいこさんに
「実は引っ越す前に、ひとつお願いがあるんだけど」と相談された。
「私、どうしても、お嬢ちゃんたちと一緒にやりたいことがあるの。」と。
「えー!なんだろうー?」と首をかしげる私に、れいこさんはいたずらっ子の顔で言った。
「私、みんなで一緒にソリ滑りがしたいの。」
北海道では、ソリ滑りは子どもに人気のレジャーだ。小さい子たちは、天気がいいとソリ滑りに行きたがる。
家の前などに小さな雪山を作って滑る時もあれば、長距離が滑れる斜面まで出かける時もある。
れいこさんが行きたいと言ったそのソリ滑りスポットは、市内のはずれにある丘だった。
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丘という表現が正しいのかはわからない。公園の一部なのか、とにかくすごい傾斜のただの斜面だ。
「友達から、いいソリ滑りのスポットがあるって聞いてから、私行きたくて行きたくてうずうずしてたんだけど、私、車もないし、おばあちゃんが一人でソリ持って滑りに行くのも変だから、ご一緒してくれないかと思って」と言われ、私たちは即答で「ぜひ!!」と答えた。
2月の大雪が降った後の日曜日に、車にれいこさんを乗せて完全防備でソリ滑りへと乗り込んだ。
まだ小学生だった我が家の三姉妹は、キャーキャー言いながら何度も何度もそのすごい傾斜の斜面を登り、ソリで滑り落ちては、また斜面を登り、繰り返しソリ滑りを楽しんだ。
子どもたちは、大きなソリに一人で乗ったり、代わる代わるれいこさんと乗ったり、ソリが横転して雪の斜面に投げ出されたりと、とにかく小学生も、私も、80代のれいこさんも、みんなでゲラゲラ笑いながらソリで滑った。
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楽しかった。
まさか、80代後半の人にソリ滑りに誘われるとは思ってなかったし、れいこさんがけがをしないかと内心ヒヤヒヤもしていたが、れいこさんはそんな心配はいらないくらい楽しそうに何度も滑ってたので、多分楽しんでくれたのだと思う。帰り道、「今日は本当にありがとうね。」とれいこさんは言ってくれた。
ありがとうだなんて、
こちらが感謝するべきなのに。
引っ越し前に、れいこさんと良い思い出が出来たことがうれしかった。
引っ越してもまた会いに来ます、と伝えた。そして娘たちは引っ越すまでの数か月間も、何度もれいこさんに会いに行った。
あれから5年。
あの時の言葉通り、中学生になった我が家の娘たち、特に双子は、今でも実家に行くたびにれいこさんの家にふらっと顔を出すらしい。
れいこさんちの居間にある、双子の身長が刻まれた柱の傷は、もう、れいこさんの身長を超したと、この前れいこさんが教えてくれた。
「にくたらしいったらありゃしないでしょ~!」
と、全然にくたらしいと思ってない顔で、れいこさんは笑う。辛口で豪快。それでいて、本当に本当に愛情に満ちた、なんて懐の深い人なんだろう。
私の母が教えてくれた。
れいこさんは、いつも双子こっそりに言い聞かせてくれている事があるらしい。
「れいこさんは、あなたたちの『友達』なの。あなた達のおばあちゃんでもないし、身内でもない。だから、家族にも言いにくい悩みがあったら、いつでもれいこさんに話しにおいで。そのためにれいこさんはいるんだから。」
ありがたすぎる。
そんなこと言ってくれた人、
私の人生にいただろうか。
れいこさんは、なにかの神様なのかも。
ありがたすぎて、拝みたくなった。
れいこさんが神様なのだとしたら、れいこさんは多分アフロディーテやヴィーナスみたいな女神様では無い気がする。なんかわからんけど、多分七福神の新メンバーだ。そんな気がする。
最近の双子は、体調がすぐれない日はあっても、メンタルの調子は良い。いつもなぜか必ず週に一度は、学校帰りそのまま私の実家に帰る。
きっとあそこは彼女たちにとってのサードプレイスなのだろう。学校での出来事や愚痴を、まず本当の祖母に聞いてもらい、そのあと自分のおばあちゃんより年上の「友達」に会いに行くのだ。
4ヶ所目のサードプレイスがあったって、いいよね。そんなん、何ヶ所あったっていいよ。
キミたち、気づいてるか。
それって、すっごい幸せなことだと思うんだよ。
それを、人は「居場所」っていうんだ。
私もそんな「居場所」になりたい。
うちの教室に通ってくれている生徒たちにとっての、家と学校以外のサードプレイスでありたい。
家族にも友達にも言いにくい本音を、ここでなら吐き出せる。そんな、れいこさんみたいな、懐の広い教室、そして愛情深い大人でいたいと思う。
娘たちよ。
学校、家、おばあちゃんち、そしてそれ以外にも、こうしてキミたちを想ってくれる人のことを、忘れずに、大切にしていってね。
れいこさん。
これからもウチの子のこと、
どうぞよろしくお願い致します。
双子の母より。