縁は偶然か、必然か

マシュマロで頂いた質問に対する現時点での回答を、せっかくなのでnoteにも残しておきます


厳密には全ての縁は偶然から成ると考えていて、それを必然だと思えるほど価値のあるものにできるかが大事なのかな、というのが個人的な意見です️。

例えば、身の周りにいる大切な人たちのことを思うと「出会えて良かった、いつか出会う運命だったんだ、必然なのかも!」と感じることが多々あります。
一方で、出会ったけれど特に関係性が発展しなかった人たちも沢山居て、そういう人に対しては「偶然そこに居合わせた人」という認識になっています。

私は必然という言葉に、願望あるいは「理由を明確させることで納得したい」といったスピリチュアルなニュアンスを感じています。
逆に「偶然」は感情的な要素は薄く、客観性が担保されている印象があるかもしれません。

先程の例だと、関係性が発展しなかった人たちに対して必然という言葉が出てくるほどの思い入れがありません。ただ私の場合、こういった偶然程度の出会いも縁の定義に含めています。
単純に縁と呼ぶ範囲が広いだけかもしれません。

「縁自体は偶然、そこから関係性を深めて一つ一つの縁を必然(だと思えるもの)にしていく」というのが、今の私には一番しっくりくる考え方になりました。

もちろん異論は認めます。
自己分析と言語化の機会を頂きありがとうございます🌷