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テレビは私にとってのすっぱいぶどうだったのかも?の話

私はテレビを必要としないタイプの人間です。

一人暮らしの部屋には、テレビがあったことがありません。


そんな人間に育った背景はいくつかありそうなのですが、大抵は幼少期の家庭環境に行き着きそうです。

・大家族 :自分の観たい番組を選んでいい順番が回ってこない
・長女/長子:大家族であることに加えて、その中でも「1番上のお姉ちゃん」だったため尚順番が回ってこない
・父がテレビっ子:上記に加え、我が家の絶対君主である父上がテレビっ子(テレビっ父)

その分、私は本を読んだり、映画館に行ったりするのが好き。


こうしてテレビ不要ライフを送ってきた私ですが、

あれ、不要なだけではなく、必要とする人を見下している節があるな??

と最近気付きました。


パートナーはテレビが大好き。バラエティー番組やお笑いが大好き。

私と比べると、テレビをみる時間が圧倒的に多い。(世の中の平均なのかもしれませんが!)

なんか、テレビに夢中になっている彼が滑稽だな、格好悪いなと感じてしまっている自分に気付きました。

(彼は毎年M-1に出場するぐらい、お笑いを愛しているし普段の生活でも尊敬できる部分ばかりなのですが...)


テレビを観られる環境にいなかったので、不要なのはわかるのですが

なぜ、下に見ているのだ???

ちょっと考えてみました。


結論、

テレビは私にとってのすっぱいぶどうだったのかも

というアイディアに至りました。


まあもちろん、今となっては、本当にあまり必要ない情報が多いな〜

必要以上に操作された情報ばかりだな〜とは、思っているのですが


もしかしたらね、そもそもの始まりは、手に入れたいけど、手に入らないものだから、「どの道自分には必要ないものだ」と思い込むことで自分を守っていたのかも。

イソップ物語のきつねが、自分が届かないぶどうを「あれはどの道すっぱいやつだから、取れなくていいんだ〜」と自分に言い聞かせたように。


本当は、

自分よりも優先されている(ような気がする)弟妹たちが羨ましかった

学校で、みんなが話すドラマの話とか、有名人の話の仲間に入れないのも、寂しかった

だけど、望んだってどの道手に入らないものだと、幼い自分は鷹を括っていたので「テレビは低俗なものだ」「頭が悪い人がみるものだ」と位置付けることにしたのかもな〜と、ふと思いました。


いずれにせよ、もうテレビは本当に必要としていないのですが。笑

そんな、つぶやきでした。


(彼の興味のあることは知りたいので、たまに一緒にみるようにしたり、ドラマは一緒にみると決めています!好きな人の好きなことを覗くのは楽しい)


皆さんも、苦手なものとか嫌いなものの中に、

もしかしたらすっぱいぶどうが紛れ込んでいるのでは....?


おわり

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kana
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