「わたし」が「わたし」を大切にするわけ|『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
『あなたの話はなぜ「通じない」のか』山田 ズーニー 著
周りの人に等身大の自分を分かってもらいたい、相手と信頼関係を築きたい、前提の通じない相手ともきちんと話し合いたい、聞き上手になりたい、人を説得したい、相手の共感を得たい――。
なかなか自分の「想い」を人に伝えるのは難しいもの。
コミュニケーション上手になるためにはどうすればいいのか?
基礎のキソから懇切丁寧に教えます。
究極のコミュニケーション技術論。
「それは正論だけど」「それって理想論だよね」
社会に出ると、わたしはそう言われる機会が増えた。
「なぜ理想と思うものに近づこうとしないの?」
そう思うと同時に、
「なぜ、わたしの言うことが"正しい"こと、"理想"だということは伝わっているのに、人は動かないのだろう?」
そう思った。
その時に手に取った本がこれだった。
思い返すと、もう10年以上前だったと思う。
「正論とは何か」「正論 通じない」と検索してヒットした本だった。
能力もある、熱もある、そんな子が人を巻き込む事に苦労しているとき、必ずすすめる一冊だ。
なぜなら、わたしがあのころに必要としたから。
― 2012年8月12日 読了
昨日、念願の著者のセミナー「表現力ワークショップ 伝わる・揺さぶる!文章を書く」に参加した。
500字程度(400~600字)で、今一番言いたいことをまとめる。
涙がこみ上げるワークショップだった。
わたしは、わたしが「わたし」を大切にして働くことを選ぶ理由を600字にまとめた。
「わたし」が「わたし」を大切にするわけ
わたしにとって、小学校の国語の教科書に毎年載っていた戦争の話はなにより恐ろしく、興味深かった。
同居する祖父母にもよく戦争の話を聞いた。
空襲や戦地での体験よりも恐ろしく感じたのは、祖母に「戦争は怖かった?」と聞いたときに返ってきた「それが日常だったから戦争が怖いと思ったことはなかった」という言葉だった。
その時、最も怖いのは戦争という事実ではなく、考えること、意見を持つことを奪う「空気」だと思うようになった。
母の影響で、わたしは「多数決は絶対ではない。自分の目で見て正しいと思う行動をする。」ことを大切に生きてきた。
それは、思春期ころからとても生きにくくなった。
社会に出ると、「それって理想論だよね」「正論だけど」と言われることが多く、気づいたらジョブホッパーになっていた。
「なぜ理想と思うものに近づこうとしないの?」
目に見えないものをカタチにすることができるからこその人間だ。と、わたしは思っている。それは「空気」ではなく、「わたしはこう思う」という様々な価値観を持つ人のそれぞれの意見だ。
コロナ禍で「自粛要請」や「不要不急」など、キャッチ―で思考を奪う言葉が多く生まれたように思う。
4歳になる子どもが生きる世界が、安心して「わたしは」と理想を語れる世界に一歩でも近づけるよう、たとえ微力でも貢献し続けたい。
だからわたしは、目の前の人それぞれの「わたし」が主語で始まる物語を聞き続けていく。
《処方》
💊 根っこにある思いを伝えたい
💊 自分の気持ちは伝わらないとあきらめている
💊 どうせわたしは「変わり者」だから
《印象的な言葉》
正論を拒むのは、人間の本能かもしれないと私は思うようになった。 正論は強い、正論には反論できない、正論は人を支配し、傷つける。 人になにか正しいことを教えようとするなら、 「どういう関係性の中で言うか?」を考え抜くことだ。 それは、 正論を言うとき、自分の目線は、 必ず相手より高くなっているからだ。
恐れを動機として、決してものを書くまい。
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