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【読書録】主題を決めて鑑賞することの面白さ〜高階秀爾『《受胎告知》絵画でみるマリア信仰』〜

美術展へ足繁く通うような人ならば、西洋絵画を扱う展覧会で《受胎告知》とタイトルされた作品を一度ならずとも目にしたことがあるのではないでしょうか。キリスト教美術の主題の中でも《磔刑》《受胎告知》《聖母子像》の3つは鑑賞する機会が多い主題ですよね。

本書は、キリスト教の「マリア信仰」という事象を通してロマネスクからバロック時代までの《受胎告知》を主題にした作品群の変遷をみるものです。それぞれの時代でキリスト教社会がどのような状況であったのか、また《受胎告知》を描く画家たちはその図像や様式においてどのような創意工夫をしたのかを概観して理解を深めていくというものです。

図版を含めて190ページほどの新書に読みやすい大きな文字。なのに周辺知識まで丁寧に配慮され、大きな歴史的うねりをともなった社会と宗教のつながり、そしてそれらを表している作品群の見方が各章立ての中に流麗に落とし込まれて纏まっています。

さて、ここからは独りごとな【読書録】

キリスト教美術を学び始めるきっかけとして《受胎告知》という主題はちょうどいいんじゃないかと改めて感じた。
主題となる物語についてある程度予備知識があることは前提となるけれど、《受胎告知》という場面の魅力に加え、主な登場人物はマリアと大天使の二人だけでアトリビュート(持物)もよく知られている。そして、比較考察する作品に事欠かないというのも教材として好適。数々の《受胎告知》作品を図像や様式、あるいは画面構成や色彩、歴史や社会との関連といった様々な切り口から「絵画を読み解く」訓練をしていけば、かなりの基礎固めができるはず。

《受胎告知》を年代順に並べてその違いを考えてみるのは、想像するにそれだけでかなり面白い。本書はその違いを読み解くためのひとつの方法として歴史を串刺す一本を与えてくれる。それが「マリア信仰」である。

「マリア信仰」は、少しキリスト教美術がわかってくるとまもなく出会う話題、というか課題なんじゃないかな。
キリスト教ってイエスを神として信仰するんじゃないの?それと同じこと?「マリア信仰っていったい何よ?」という浅いワタクシ。それは卒論準備の下調べに始まり、各時代の《聖母子像》の変遷を追う中で、この「マリア信仰」を知ったのでした。
そして、図像や様式に表れる違いは、実は描かれていないもの(当時の社会情勢や時代の空気ってやつね)から生まれている、という考えてみれば当たりまえのことに気づかされたわけです。

それを、こんなに平易な言葉でじつにわかりやすく基本的な内容を教えてくれているなんて!この本を積読にしたままいろんな文献をあさって調べまくって苦労していた自分、残念。でもまあ、遠回りにも何かいいことあるはず。

「マリア信仰」がわかることで、聖母マリアが歴史の中で教義としてどのように扱われてきたのか、そして布教上プロパガンダとしてどのように《受胎告知》の主題が機能してきたのかが理解できると思います。その理解をもって改めて《受胎告知》を鑑賞してみる。
図像にあらわされる表層的な情報を読み取ることに留まらず、それらに通底する社会通念や支配的規範意識といった深層構造をも読み取っていくこと。
これを本書から学びとれれば、わたし的にはOKです。

最後には、やっぱり西洋史ちゃんとやらないとダメだな、聖書も読み通すべきかな、神話も変身物語も忘れちゃってるな、という前提知識のなさに身悶えするっていうパターンで終了です。これは永遠にループするやつ。

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