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春、結べなくて。
「我儘」との評価に僕は目が丸くなった。素直に答えただけなのに。なぜ非難されないといけないのか。いや、違うな。
「それは、ポジティブな意味ですよね?」
「いえ、そのようなニュアンスは含めていません」
いわゆる「逆に」とか「いい意味で」ということではないらしい。
「あなたがパートナーに求めていることはどういうことなのでしょう」
「もちろん、ありのままの僕を理解して受け入れてくれることですが?」
「ありのまま、ですか」
彼女の語尾に大量の空気が含まれる。大きくない、むしろ小ぶりな唇から吐き出されるにしては多すぎる空気が。
「ええ、ありのままです。僕は今の自分を受け入れてくれる存在が欲しいんですよ。こんな年齢になりましたけど、若づくりするのは絶対に嫌です。今時のファッションにも興味はないし、そういうものに乗せられる自分にはなりたくないです。好きなものとか行く場所を変えたくもないです。相手に合わせて趣味を変える人っているじゃないですか?僕は、僕の好きなことしかしたくないです。相手に合わせて自分の好きなものを変えるって、違うと思うんですよね。それって本当に好きって言えますかね?違いますよね?だから、僕は自分を変える気はありません。ありのままを受け入れてくれる運命の相手を待っているんですよ」
彼女の「それでは、お相手にお伝えしておきますので」という宣言によって、その場は終了となった。きっといい返事が来ることはないだろう。そのことがわかる程度には、経験を重ねている。周りはみんな早々にパートナーを見つけ、安定した営みを続けている。それが最良だとは思うものの、どうしても僕の頭からは「妥協」の文字が消えない。
遠くから太鼓の音が聞こえる。周囲を伺うが、太鼓も、それを叩く人の姿も見えない。聞こえるのは音だけ。コミュニティから孤立した僕だけの景色。
ため息。空気の排出による反作用で、僕は空に浮かび上がる。そんなことをせずとも浮かぶことくらい出来るのだけど、今の僕にはそれが必要だった。
赤子を抱き上げるほどの速度で、しかし少しずつその速度は増していく。思い切ってさえしまえば、あとは簡単だ。
僕は空に向かって浮かび上がっていく。原生の生命体、人間によってつくられたあらゆる人工物は見えなくなり、もはや平地とか山とか、海、といったカテゴリーでしかなくなっている。それも徐々に遠くなり、あらゆるものが1つになる。惑星。「地球」という僕の美しいパートナー候補。
豊かな水、安定した大地、多様な生態系。この惑星も僕のパートナーにはなってくれなかった。こんなにも美しいのに。僕のものにはなってくれない。僕を受け入れてくれない。
「お高くとまりやがって」
どうせこんな惑星、僕には未熟すぎる。僕にはもっと高度なパートナーがお似合いだ。ありのままの僕を受け入れてくれる惑星がきっとあるに決まっている。
更なる反作用が、浮遊速度を向上させる。それはもはや光をはるかに超えていた。僕は旅立つ。僕に相応しいパートナーを探して。
僕は、神様だ。
(終)