なぜ人間関係で傷つくと肩こりの痛みは増幅するのか?~メンタル的な痛みとフィジカル的な痛みの関係性を紐解く~
私のような人体の専門家にとって、目の前のクライアントが痛みを抱えていた場合、それを改善してあげることは非常に重要だ。
しかし、痛みを改善するのに痛みそのものに焦点をあてていたらおそらく症状は解決しないだろう。
これは特に整体師や鍼師、ストレッチ屋さんなどの治療家にとっては耳が痛いかもしれない。
だが、これを証明する科学的根拠はこれまでにいくつも確認されている。
ここでは、痛みの複雑性を理解してもらい、今あなたが抱えている痛みとうまく向き合っていく方法をお伝えするのが私の目的である。
マッサージの効果とは|痛みの複雑性
肩こりを強く感じている時に整体院にいってマッサージをしてもらった経験は、肩こりに悩まされている人なら一度くらいはあるだろう。
60分みっちり揉んでもらった後は肩回りが軽くなり、痛みも軽減する感覚を味わえる。
しかしこの現象が、肩周辺の筋肉で痛みを発生させていた何かしらの原因物質を、マッサージによって除去できたからだと結論付けることは果たしてできるのだろうか?
直観に従えば当然“イエス”だろう。
肩の筋肉をあんなに丁寧に揉んでもらったんだから筋肉がほぐれて?血流が良くなって?痛みが引いたのだ。
マッサージを受けたあなたも、場合によってはマッサージをした整体師もそう思い込んでいる。
だが答えはそんなに単純ではない。(そろそろ美容健康業界にはびこる単純化し過ぎのインチキ理論を懐疑的な目でみる癖をつけた方がいいのでは?)
研究によって、痛みを感じている期間が長引くほど痛みと組織(筋肉や筋膜)との関係性は薄くなることが示されている。
Reconceptualisingpain according to modern pain science. / L Moseley 2007
つまり慢性的な肩こりなどの場合、肩の筋肉にそこまで異常がなくても痛みを感じるということだ。
(幻肢痛もその一つの例で、腕や足を切断した人の約8割が、もうそこにないはずの腕や足に痛みを感じるという)
では、肩をマッサージすると確かに楽になるのだが、それはどういうわけなのだろうか?
痛みを科学する|2種類ある痛み
その答えをお伝えする前に、まずは痛みについてもう少し詳しくなっておこう。
痛みには大きく分けると2種類あり、脳内でも別の領域を活性化させることが研究によって分かっている。
1つ目は第一痛といい、痛みが起きた場所や痛みの質など、刺激の情報だけを脳に伝えて痛みの識別をする。
第一痛は、熱いやかんに触ってしまった時反射的に手を引っ込めるお馴染みの反応に役立つ。
2つ目は(当たり前だが)第二痛といい、痛みにネガティブな感情を付け加えることで痛みという刺激に意味を与える。
痛みを不快に感じるのは、第二痛がそう認識させているからに他ならない。(生まれつき第二痛を司る脳の領域を持たない人は、痛みの刺激は認識できるがそれを全く不快に思うことはなく、その刺激から逃れようとしないことがわかっている)
つまり私たちに痛みを伴うような刺激が外部からもたらされると、まずは第一痛によってどこにどんな痛みを感じたのかを識別する。
そしてそれとほぼ同時に、しかも無意識レベルでその痛みから逃れる反応を筋肉が反射的に行う。
その後に少し遅れてやってくる第二痛によって、この刺激にはいったいどういった意味があるのかを感情的に認識し、次の行動や思考に影響を与えるということである。
もちろん私たちがこの二つを区別して意識することはほとんどない。(ただし、足先にデコピンすると、すぐに鋭い痛みを感じ(=第一痛)、その後にジワっと広がる感情に訴えかけるような痛み(=第二痛)を感じることができるだろう)
実際はどちらの痛みも、最終的には脳内で混ざり合う。
ではここで一つ思い出してもらいたい。
これまでの人生で、痛みを忘れるほど興奮した経験はあるだろうか?
痛みのボリュームは変化する
スポーツをしていた人なら思い当たる経験はあるかもしれない。
試合中は気付きもしなかったが、試合終了と同時に、いつぶつけたのかわからない膝が急に痛み始めることを。
戦争を経験した兵士によると、撃たれて倒れこむ仲間を必死に助けていた時は銃弾を何発をくらっても痛みを感じなったばかりか、流れる血すら自分のものだと思わなかったらしい。
これらはよく言うところのアドレナリンの効果だ。
しかしアドレナリンには痛みを除去する力はない。
アドレナリンが出ている興奮状態では、痛みの刺激のボリュームを抑制するように脳が指令を出しているのである。(これを痛みの下降性抑制系という)
一方で、痛みの知覚を強める要素もある。
それはネガティブな感情だ。
ネガティブな感情は脳内のある領域(前帯状皮質)の活動性を強め、痛みの度合いではなく、痛みの不快さの評価を高めるのことが分かっている。
心が傷つくと痛みは増幅する|プラセボ効果
そのことを示した研究結果はいくつも存在する。
人間関係で拒絶されることと、身体的な痛みの知覚では、脳内の同じ領域を活性化させることが示されている。
また慢性的な痛みに対して、精神安定剤が有効な理由もこのことから説明できる。
つまり心が傷つきやすい人は、他の人と比べるとより痛みを不快に感じやすいのだ。
あるいは、過度な精神的ストレス状況に置かれると、痛みをより強く感じる場合があるというこである。
ではここで初めの質問に戻ってみよう。
マッサージで肩の痛みが軽減したうちのどのくらいの割合が不安の解消によるものなのだろうか?
もちろんこれは人それぞれの過去の経験や持ってる知識、考え方、信念、先入観、さらにはその治療家に対する信頼度によって変化する。
また、治療家が醸し出す威厳やコミュニケーションのとり方にも左右されるだろう。(これを専門用語でプラセボ効果という)
まあ、何はともあれマッサージもストレッチも鍼治療も、あるいは気功やエネルギーとか何とかも、、
その場限りで痛みを改善させるには有効な手段であるのに疑いはない。(プラセボ効果のみに依存してお金を稼いでいる悪徳なエセ治療家には捕まらないように気を付けよう)
解決策の提案|痛みとうまく向き合う方法
ここまで痛みの科学についてお伝えしてきた。
では実際にそれを知った私たちはどうやって痛みと向き合っていけばいいのだろうか?
ネガティブな感情は痛みを増幅するが、痛みもまた不安をあおるようにネガティブな思考を増幅する。
結果的に悪循環を生み、長いこと慢性的な痛みと戦うことになる。
これは辛い。
だから途中で断ち切るしか方法はない。
多少の慢性的な痛みなら心配ないと腹を決めよう。
ヨガや仏教の達人たちが痛みに強いのは、痛みを無視すると決めているからだ。
そして、心配して不安に駆られるのではなく、痛みを発生させた真の原因が何なのか考える癖をつけよう!
私の行った振る舞いの何が悪かったのかよく考えるようにしてみよう!
痛みとは脳が私たちに知らせてくれる信号であり意見なのだ。
※心配するまでもないとは思うのだが、骨折や捻挫や打撲など急性期の痛みで、原因がはっきりわかっている場合はすぐにお医者さんに行くべきだ
まとめ|ターゲットは脳
私たちは痛みを感じていると、それだけでやる気も作業効率も下がる。
これは痛みという知覚が、脳内のほとんどの領域に影響を与えるからだと言われている。
また動きの変な癖も、それに伴う歪みも痛みを我慢して運動をし続けた代償の可能性が高い。
痛みを強く感じたら、まずは痛みを軽減することに全力をあげるべきだ。
その方法は何万通りもある。
だが、根本の原因を改善しその慢性的に繰り返す痛みと一生の別れをしたければ、脳をターゲットにする必要がある。
この記事では、その根拠をお伝えしてきた。
ちなみに脳を変えるには、ベッドに寝ているだけでは不可能だと心得ておくことには大きな価値があるだろう。
『TOUCH:The Science of Hand, Heart, and Mind/David J. Linden』参照