新庄耕『地面師たち』を読んでー疾走する喪失者たちー
清潔な弁護士事務所に談笑する男たちにまぎれ、その取引現場には地面師がいた。真っ白な髪を染めあげ、既にその頭頂部まで悪事に浸かった男。興奮は彼が腕にはめたスポーツ用腕時計だけが心拍数として静かに伝えているーー。
不動産営業マンを主人公とした小説『狭小住宅』ですばる文学賞を受賞し、臨場感あふれる描写は読む者の心をかき乱し、一部インターネットでも話題となった。
(LINK:最高に荒んだ気持ちになりたいあなたへ、不動産業界で働く人の心をつかんで離さない小説「狭小邸宅」 http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65764482.html )
そんな作家が新たに出版したものは、地面師という不動産専門の詐欺師を題材とした長編だった。
主人公である拓海はとある事柄がきっかけで失意に沈み、四畳半のワンルームに住みながらデリヘルのドライバーをしていた。ある夜に嬢を送ったホテルで大物地面師であるハリソン山中と出会うことをきっかけとし、拓海は地面師として再び人や大自然との関わりを築き、生きる活力を見つけていく。
本作では2017年に、積水ハウス㈱が70億円を地面師らから騙し取られた事件をモチーフに、架空の土地をめぐって拓海を始めとした地面師グループが詐欺取引を進めて様子を描いてく。
不動産取引と詐欺にまつわるクライムノベルと聞いて、さぞや金と暴力、セックスが溢れるのだろうなという前印象を抱いていたのだが、いざページをめくると爽やかな内容がむしろ胸を打った。
デジタル式のランニング・ウォッチを愛用する拓海は酒や女に溺れる様子を見せず、街の様子に目を配り、案件の休業期間には泊まり込みで峻厳な山々に臨む。そんな風に世事に無関心な彼を唯一興奮させるものが、地面師稼業(不動産詐欺)という人の欲望に満ちたものというのは皮肉を感じる。
そして地面師たちは各々に何かを喪失している。それは人生だったり良心や精神的充足、健康、人間関係、平穏などだ。客単価1万を超える店でステーキにナイフを入れ、ワインをくゆらせる。わかりやすい贅沢。シュプリームのおもちゃよろしく札束を飛ばせる連中。
翻って現代に生きる僕たちは果たして何も失わずに生きているのだろうかと、気づけば自省させられていた。
作中にも僕たちのような一般人が不動産会社員などの姿をとって現れるが、彼らも半歩ずれれば主人公らのように地面師稼業に勤しんでもおかしくないのではないか。そう考えると彼ら、つまり僕らの平穏な生活というものがいくつもの幸運や偶然に守られた結果であり、ともすれば薄氷の上にあるのではないかと連想は続く。
数億、数十億、数百奥円を掠め取ろうと地面師たちは疾走する。自らが喪失者であるとの認知・不認知に関わらず、彼らはアドレナリンを血中に溢れさせながら夢のような大金を、スリルを求めて汗をにじませ腕を振る。
気がつけば読者である僕もまた、紙上の彼らの一員として東京都下を駆け巡っていた。自らが何を失ったかを知ることなく。