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大人の読書感想文No.5『板上に咲く MUNAKATA: Beyond Van Gogh』(原田マハさん著)

今回の読書感想文は、大好きな原田マハさんのアート小説『板上に咲く MUNAKATA: Beyond Van Gogh』(2024年)。

世界の「ムナカタ」として国際的な評価を得た版画家・棟方志功(1903-1975)の生涯を描いた作品である。この小説の特徴は、棟方の妻・チヤの目線で書かれていることだ。

ゴッホに憧れを抱く棟方は、画家になるために青森から上京するが、絵を教えてくれる師もおらず、画材を買うお金もなく、弱視のせいでモデルの身体の線を捉えられない。展覧会に出品しても落選する日々。そんな棟方がたどり着いたのが木版画だった。

そして、一心不乱に版木に向かう夫の才能を誰よりも信じ、支え続けたのが妻・チヤである。

棟方が仕事で得られるお金はわずかばかり。食べることにも困る生活が続く中、チヤは家を整え、子どもたちを育て、棟方が制作に使うための墨を磨る。まさに内助の功であり、同じ主婦として頭が下がる思いである。

やがて、棟方の版画は柳宗悦、濱田庄司などの著名人に評価されるようになり、日本民藝館に作品が展示される。

しかし、棟方を誰よりも近くで支えているチヤは、夫の作品が展示されているところを見たことがない。自分も展示会に行ってみたいと思うチヤだが、そのときの心境をつづった言葉が印象深い。

妻は家庭にいるべきもの、表舞台へしゃしゃり出るなどあってはならない。目の離せない子どもたちもいる。こっそり見に行くことすらチヤには許されなかったのだ。

『板上に咲く MUNAKATA: Beyond Van Gogh』

現代の日本においても、家事や育児は女性が担うべきという風潮が少なからずある。今は少しずつ変わりつつあるが、当時の明治から昭和にかけては、女性は良妻賢母でいること、家庭を守ることを強く求められる時代だった。チヤは会場に足を運ぶことをあきらめ、内助の功に徹する。

後年、世界的に「ムナカタ」の名前が知られるようになってから、チヤは棟方とともに世界中から招きを受けてアメリカ、ヨーロッパ諸国、インドなどを訪問している。

フランスでは棟方が憧れていたゴッホのお墓を訪れる機会にも恵まれた。

棟方がゴッホを超え、世界の「ムナカタ」になるまでには、苦楽を共にしながら支えてきたチヤの存在が大きかったはずだ。チヤの努力が報われ、世界中を旅する機会が訪れたことを、私も我がことのようにうれしく思う。

「妻は家庭にいるべきもの」。そんな日本の風潮を当たり前のことと受け止め、戦時中を生き抜いたチヤの目に、世界各国の様子はどのように映ったのだろうか。

ジェンダー平等の過渡期ともいえる現代の日本に生きる一人の人間として、当時のチヤに思いを馳せる。

ついチヤに肩入れするような書き方になってしまったけれど、もちろんこの本は純粋なアート小説としても非常に面白く、感動必至である。

版画にすべてを賭けて、夢を夢のままで決して終わらせず、ひたむきに突き進む棟方に、チヤは惹かれたのだろう。そんな棟方志功が手がけた作品を私も間近で見てみたいと思った。

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