自分は愛されて育ったんだ―—。
それに気づいたときに沸き起こる感情は、一瞬にして幸福感をもって全身をかけめぐる。まるで目に見えぬ何かが身体を包み込むような不思議な温かさを感じる。
例えば、高校の卒業と同時に地方から上京し、大学生活を経て晴れて社会人となる。楽しいばかりの学生時代とは違い、社会人ともなるとたくさんの理不尽とも付き合っていかなければならない。モヤモヤの中で息をして、その日のうちにモヤモヤをクリアに出来ぬまま、また次の日の朝には満員電車にゆられ心が疲弊する毎日。
週末だけはなんとか自炊しようと狭いキッチンに立つ。母の煮物が食べたくて、見よう見まねで野菜を切る。ケータイとにらめっこで出汁を取り、調味料を入れていく。出来上がったものは、母のそれとはまったく別ものの、ただ茶色く煮込まれたものだった。煮物はこんなに手の込んでいる料理だったのかと、そこで初めて気づかされる。
「お母さん、ありがとう」
会いたくてたまらなくなり、母の愛を感じる瞬間はそんなときだったりする。
注がれているときは気づかない。
それが「愛」。
「無償の愛」ならなおさら。
当時はまだ小さな女の子の作者。このアルバムをあらためて開いて眺めていたタイミングで、すごいことに気付いた。家族旅行のあいだ中おばあちゃんの目線が自分に向けられている。
おばあちゃんにとっては自分が楽しむ旅行ではなく、孫娘が楽しそうに笑っている姿を間近で見ていられることが幸せ。そんな、家族旅行だったに違いない。
片時も目をそらしたくない、ずっと見ていたいという当時のおばあちゃんの気持ちがありありと伝わってくる。可愛くて仕方がないと愛されて育った作者が、このタイミングでその愛を知り涙した姿が、何にも代えがたいくらいに美しい。
このブログでは、「あの人との、ひとり言」コンクールの入賞作品の中からランダムにチョイスした名作たちを紹介して参ります。作者の心情に寄り添ったり、自分もこういうことがあったなと思い出を探してみたり、コンクール応募のきっかけにもなれば幸いです。
ステキな作品に、どうぞ出会ってください。