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沢木耕太郎『春に散る』レビュー

初めての沢木耕太郎は『テロルの決算』だった。ルポ、ノンフィクションというジャンルの一冊にかくも心動かされるものかと10代を終えようとしていた読書少年にとって、その衝撃ははかり知れない大きさだった。先行著作を全て読み、新著や作家本人の活動を常に注視し続けていたところで開始されたのが、今日、紀行小説の古典とも言うべき『深夜特急』の新聞連載。それほどの間をおかず単行本化された当時の興奮は忘れられない(その後、マカオで、大小を試してみたのは言うまでもない 笑)。本編と、その後の『深夜特急ノート』とあわせての4冊は今でも大切に書棚に並ぶ愛蔵書である。思い返せば、当時は登場して間もなかった村上春樹よりずっと重要な作家だった。ところが、シリーズ化した『深夜特急』が終了する前後あたりだったか、沢木耕太郎のラインナップに所謂小説が加わり始め、最初期の『檀』にがっかりして以降、なんとなく距離を置くようになっていた。加藤周一が亡くなり、その後、それほどの間をおかず吉田秀和が黄泉の人となってからは朝日新聞と縁遠くなっていたから同作が連載されていたことも、連載終了後加筆されて2冊本として刊行されていたことも全くアンテナに引っかかってもこなかった。だから、何年ぶりになるのだろう。今夏公開の映画の原作、ということで『春に散る』上下2巻本を入手し、本当に久方ぶりの沢木耕太郎体験となった。読み始めてみると、いささかの破綻も停滞感も感じさせない展開で、しかも見事に研磨された文体。あぁ沢木耕太郎節だなとの感慨新たに、あっという間の読了だった。文字通り、「一気読み」が心地良かった。

物語は、四天王と称され将来を嘱望されながらも、それぞれ本意でない人生となった老境入りした4人が共同生活の中で夢よ再びと若いボクサーの飛翔を後押しするという、ややステレオタイプの感否めない淡白な展開で、驚嘆すべき仕掛けが隠されているわけではない。新聞連載小説たる所以だろう。
しかし、本作の読ませどころは、そうしたストーリー展開より、かつてカシアス内藤に肉薄し昇華させた『一瞬の夏』を頂点としたノンフィクションライター沢木耕太郎が若かりし日に鍛えたボクシングというものへの深い愛に裏打ちされた詳細で説得力豊かなボクシングそのものの描出力である。どのように構え、右をどう出し、左をいかに効果的に使うかなどなど(どう書いても、とても再現できないので、などなど、である)ひとつひとつの動き、流れが実に鮮やか。全くの素人でも、無駄のない文章を通して、リングに上がり躍動させられる。所々に人生訓、処世術も散見し、ある箇所は美食レシピにもなって、広範囲に楽しめる佳作。読む悦びを体感できる作品である。

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