詩集の読後感を思わされる手触り:映画『美晴に傘を』レビュー
上質な一冊の詩集を読み終えたような心地。それが本作『美晴に傘を』を観終えての第一印象である。監督・脚本は、この作品が初長編となる渋谷悠。これまで短編が国内外で高い評価を得て、主宰する劇団で積み重ねてきたという経歴の結実に違いないと思わされる仕上がり。映像の抒情性と、登場人物ひとりひとりの台詞の奥深さとが、そのキャリアの確かさを実感させる。
物語の中軸となる亡父故郷での祖父とのわだかまりの解きほぐしと母娘の共依存からの踏み出しはステレオタイプながら、亡き父が詩人であったこととその長女が聴覚過敏の自閉症スペクトラムであるとの設定が作品に独自性と説得力とをもたらしている。近年配信で話題となった『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』に重なるテイストを感じさせられるが、主題の重要な支え手となる書道師範とワイナリーを運営する東京からの移住者とのふたりが発する言葉の重みが本作の新味と魅力とになっている。
主演の升毅が、これまでのカラーを刷新する頑迷と情愛を具現化して祖父像を好演。これを受け、美貌の嫁に扮した田中美里がたおやかに、さりげなく個を主張している。タイトルロールの美晴役日髙麻鈴、そのありようを冷静にみつめる妹凛を演じた宮本凛音ともに演出行き届いて素晴らしいキャラクターデザイン。擬音語、俳句を小道具としたあたりも秀逸である。
大団円の台詞の重畳、圧倒感は、脚本・監督の渋谷悠がいかにも演劇で鍛えたろう独自色ではあるが、美晴を基軸とした作品のたたずまいと手触りとを思う時、評価の分かれるシークエンスになるように思われる。一般公開後の反響を待ちたい。必見の佳品である。
なお、本作の公開にあわせてロケ地となったウィスキーで名高い北海道余市町が、作中で話題になるシャルドネワインを町のふるさと納税返礼品に採用したとのこと。フィルムコミッションの新たな形の提唱として展開に注目したい。
本作一般公開館などの詳細は以下で。
https://miharu-movie.com/