祝!横田栄司舞台復帰:文学座『オセロー』レビュー
現況の演劇界にあって衆目一致、誰疑うことなきシェイクスピア役者、横田栄司の舞台復帰となる『オセロー』が6月29日、新宿紀伊國屋サザンシアターで初日を迎えた。
劇場には、演劇界の大御所はじめ関係者多数駆けつけ、当代随一のタイトルロールの帰還を寿ぎ、かかる時空を共有せんと皆で等しく開幕ベルに耳を澄ました。
舞台は光彩あしらわれた背景幕と空間を象徴するべく開閉自在な四角囲いが設えられるのみ。物語開幕すると、役者は客席も舞台にして劇空間は縦横無尽、誰もがよく知る悲劇が台詞口跡明快に展開する。
本作は、沙翁四大悲劇にあって最も明快としばしば言われるが、あらためて内実受け止めてみると、当節流行のひと言を用いれば、「はて」と首を傾げずにはいられない場面多々あり。そもそも徳高い稀代の人物とヴェニス高官らから全幅の信頼置かれた主人公が、いとも容易く奸計に陥ることからして余りにも説得力希薄。結果として撹乱失望の域に追い落とされることの何たる不条理。最終盤で、悪党イヤーゴの細君エミリアが絶叫するように、何故ハッキリと問いたださぬ、と大向こうからしばしば突っ込みたくなるところ満載である。しかしながら、このたびの舞台は、横田栄司のたびたびの観客の笑いを引き出す道化的演技も加味され、その不納得感は吹き飛ばされ、近しい者の言説で、ことの詳細確かめず内奥掻き乱される人間の精神なるものの脆弱性が鮮やかに描出された。
新鋭SARA扮するデズデモーナは、刺激ある舞台、力演の先達らにより一段階引き上げられた印象の典雅にしてしなやかな人物造形が見事。狂言回しでもある大悪党イヤーゴ演じる浅野雅博も肩肘張らず、たおやかで狡猾。それら全てを牽引した演出鵜山仁の円熟にただただ感服。見応え十分な3時間の時空創出に成功している。終幕後は、観客総立ちの大喝采だった。
おそらく、かかる舞台で復帰の横田栄司は、自ら造語し、つとに知られる「シェイクスピア・ハイ」を確かに取り戻し得たに違いない。それをこそ、慶賀とするものである。
東京公演は7日七夕まで。その後は、可児、長岡での舞台が予定されている。