賞レース先頭集団確実 石井裕也脚本・監督『愛にイナヅマ』レビュー
これほど情愛満ち溢れた映画は実に久しぶりである。スタッフ、キャストの作品にこめた気合い迸り、物語終盤にやってくる胸締めつけられるシーンで自然と流れる鑑賞者としての涙が温かく、嬉しい。声のみの出演でクレジットされる鶴見慎吾が、石井裕也監督の最高傑作ではないかと嘆息したとのことだが、同感である。上映中の『月』未見ながら、まもなく開始する今年のさまざまな映画賞で上位を競うこと確実。
赤にこだわる連続ショットで始まる同作は、自分自身の家族の物語を撮ろうとする新人映画監督折村花子に扮した松岡茉優の一人称映像が混じりながら、新人監督の現況と等しくいきなり低予算作品の佇まいである。しかしながら、父親役の佐藤浩市、その友人益岡徹とともにまっすぐな個性でキャラクターデザインされた窪田正孝、その友人俳優仲野太賀、花子の兄として池松壮亮、若葉竜也と、現今の日本映画を支える若手勢揃いに小躍りさせられながら、あっという間に作品世界に引き込まれる。自作のキャスティングに花子が感激するベテラン俳優役に中野英雄が配され、太賀との初の親子共演を観る喜びも加わり、いささか楽屋落ち風の妙味が隠し味となった。
圧巻は、なんといっても最終盤、ネタバレ回避で立ち入らないが、佐藤浩市のキャスティングに納得の展開で、折原家の3人の子どもたちとともに観る者も息を呑むばかり。新人監督をあしらう制作会社のMEGUMI、三浦貴大、バーのマスター芹澤興人も適役。北村有起哉、高良健吾のカメオ出演風ショットや、朝ドラで今をときめく趣里が職務に忠実な携帯電話会社窓口に座って頑なに譲らないのも楽しい。
軽いタッチながらメッセージは重く、出演者自身から、こんなことしてるから韓国映画に遅れをとるんだ、というセリフは監督自身の自戒として受け止めた。佳品である。