伝染病
『FlyFisher』2013年5月号掲載
解禁である。解禁なのである。しかしながらまだ釣りに行けていない。悶えながらインターネットでニュージーランド海外釣行記を読んでいたら「ディディーモ」というなにやら知らない単語が出てきた。なんでも北米から持ち込まれた藻で、川で繁殖すると川一面が綿のような藻で覆い尽くされ、水生昆虫の繁殖の障害となり、ひいては川全体の生態系まで脅かされるというものだそうだ。
それは釣り人を含め、カヤックやボートなど川で遊ぶ人たちを媒介(釣り人のウェーディングシューズやボートに付着したディディーモが原因)に、川から川へと広がっていく。言うなれば川の伝染病である。
そして僕も先月ノロウィルスに感染。出社できず、しかも原稿締め切り間際ということもあり、トイレとパソコンを何度となく往復して書き上げたのが先月の原稿である。褒めてください。
ということで前フリはともかく、伝染病といえば映画『コンテイジョン』である。本作は極めて致死率の高い新型の伝染病が世界中に広がって行くパニック映画で、タイトルの「コンテイジョン:Contagion」とは伝染、感染、伝染病という意味のほか、思想や感情などの伝播、蔓延を意味する。
映画では感染源を突き止める為、命の危険があるにも関わらずに現地に派遣されるWHO(世界保険機構)とCDC(アメリカ疾病予防管理センター)の調査員、未知のウィルスに対処しワクチン開発に命を賭ける研究員、パニックになった社会から家族を守るため悩み奮闘する父、そして恐怖を煽る自称ジャーナリスト。震災とその後の混乱が記憶に新しい日本人には絵空事とは思えない映画である。
そして世界の人々は繋がっているということを知るのである。それも最悪の形で。
人類滅亡ということが起こる場合、巨大隕石の落下や核戦争よりもずっと現実的で、いつ起きてもおかしくない、今そこにある危機なのが伝染病なのである。
そんな感染の恐怖を僕は幼いころから知っていた。
ゾンビである。ゾンビなのである。死者が歩き、生者を喰らい、咬まれた者は感染しゾンビになる。そしていつしか地上は死者が歩く世界へと変わる。子ども心にゾンビというキャラクターではなく、感染により人類が滅亡するという恐怖に恐れ戦いた。
一般に知られているゾンビというモンスターのイメージは、元をたどれば1968年に公開されたジョージ・A・ロメロが監督した『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』という一つの作品から生み出されたものである。その後『ゾンビ』『死霊のえじき』という作品を世に送り出し、「ゾンビ三部作」として語り継がれることになる。なぜそれほど迄にゾンビが語られるかと言えば、それは凡百のホラー映画にはない、痛烈な社会風刺が描かれているからだ。特に二作目の『ゾンビ』では、主人公たちが巨大なショッピングモールに立て篭る。これは当時のアメリカの人々が郊外へと住む場所を移し始め、拡大するモータリゼーションと合わせて人々は都市部ではなく当時急激に増えていった郊外のショッピングモールへ何も考えずに「消費する」ことを目的として多くの人が集まった。
映画では主人公たちがショッピングモールに集まってくるゾンビを見て言う。「生きていた時の習慣だろう」と。人々は映画の中の「ゾンビ」に自分を見てしまったのだ。この映画が今なお語られている所以である。
そしてその「ゾンビ」映画の集大成ともいえるのがこの夏公開される「WORLD WAR Z」である。原作は世界規模で起こったゾンビの災厄を体験した人々のインタビューという形式を取っており、これはピュリッツアー賞を受賞したスタッズ・ターケルの『よい戦争』を下敷きにしており、世界的規模の災厄を俯瞰ではなく、当事者の目線で描いた「ゾンビ」ものの傑作小説である。
そして僕は多くの人々の解禁後の釣行レポートを読んで「釣りしたい病」に感染し、釣りに行くのを待ちわびながら生ける屍のごとく今日も仕事をしているである。
『コンテイジョン』
2011年 アメリカ
監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演:マリオン・コティヤール、マット・デイモン、ローレンス・フィッシュバーン、ジュード・ロウ、グウィネス・パルトロー、ケイト・ウィンスレット
『ゾンビ』
1978年 イタリア/アメリカ
監督:ジョージ・A・ロメロ
出演:デビッド・エンゲ、ケン・フォリー、スコット・H・ライニガー、ゲイラン・ロス
『WORLD WAR Z 上・下』
マックス・ブルックス/著 浜野アキオ/訳
文春文庫 710円 ISBN:978-4-16-781216-4
『よい戦争』※絶版
スタッズ・ターケル/著 中山容/ほか訳
晶文社 3,565円 ISBN:978-4-7949-5976-8
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