想像していなかった未来。
秋田の片田舎に生まれ育った私は、14年前、53歳で東北震災の年の秋に生まれて初めて東京に住み始めた。
子供の頃から人見知りだった。
やっと出来た友達は、転勤で引っ越したり、他の友達シフトしたり、
私自身が友達ってなんだか分からないままに、離れて行った。
仕事だって頑張った。
でも、頑張れば頑張るほど人に嫌われた。
今で言うパワハラだ。
私のどこが悪いの?尋ねれば尋ねるほどに嫌われた。
分からない…
結婚して3人の子供に恵まれた。
相変わらず私は職場で疎外感を感じていた。
旦那に辛いんだと根を上げた。
「まだそんなことしてたの?」
え?
ぐじぐじしてる私がバカなんだ。
ショックだった。
そんな母親だから
長男も学校でいじめにあっていた。
助けたいのに、助けてあげられない辛さ。
その辛さは妹にも伝染して、大好きな兄がいじめられていることの理不尽が、娘の心も傷つける。
なんとかしたいと担任に相談すると、今度は娘が担任からのいじめに遭うこととなる。
私はまた失敗した…
二人の子供が不登校。
わたしの育て方が悪いと非難された。
ごめんなダメな母親で。
せめて末っ子は普通でいてね。
普通って何?
なんの非の打ちどころのない末っ子なのに不登校になった。
なんで?
まるで出来すぎくんのような末っ子は、頼りにされることに疲れてしまったのだ。
なんで?
なんの因果で親子してこんな感じ?
ついには私も不登校ならぬ不出勤。
過呼吸で仕事に行けなくなった。
その頃娘は、東京で学生になっていた。
泣いてばかりの私を東京へと呼び寄せてくれた。
私は、東京へ逃げてきたんだ。
家族を捨てて。
最愛の末っ子は一緒に来るはずだった。
なのに
私の方が末っ子に捨てられた。
悲しかったけど
末っ子を思う余裕がなかった。
ごめん。
今私は
秋田と東京で二重生活をしている。
好きな仕事と好きな推し活をしながら。
こんな自由な未来を
誰が予想しただろうか。
そんな私は今また、新たな世界に飛び出そうとしている。
今の未来さえ、思いもよらなかったのに
この先の未来に向かって動き出そうとしている。
想像もしていない未来がまた始まる。
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