『苦役列車』西村賢太 「衝撃を受けるよ」と、脅して
このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。
『苦役列車』西村賢太
【西村賢太を語る上でのポイント】
①境遇に言及する
②文章のうまさを褒める
①に関して、西村賢太は私小説家であrり、自身の半生を主人公に投影しています。西村賢太の境遇が壮絶で面白いです。
②に関して、作品の内容は汚いですが、それを描写した文章は抜群に上手です。
○以下会話
■エネルギーが込められている小説
「衝撃的な小説か。そしたら、芥川賞を取った西村賢太の『苦役列車』かな。文章が濃くて内容も強くて、かなり衝撃的だよ。か弱い女の子は途中で読むのやめちゃうんじゃないかな。実際僕も高校1年生でこの本読んだ時、かなり落ち込んだ記憶がある。
作者の西村賢太は、実の父親が性犯罪を犯して刑務所に入れられた経験があるんだ。「父親が性犯罪者」という事実に自暴自棄になって、中学卒業後高校には行かずに働き始めたんだ。
そんな経験を題材にして書いたのが『苦役列車』なんだ。自分に学がないことを自覚しつつ、エリート階層に強い嫌悪感を抱いていて、未来に期待せず、現実にもむしゃくしゃしてるエネルギーを、一文一文にギュッと込めて絞って書いてるんだよ。
芥川賞の授賞式で「ちょうど風俗に行こうとしてた」ってスピーチしたくらいで、作品の中でも、普通は隠したい自分の醜さや下衆さを暴露してるんだ。普通に大学を出て企業に就職してる人とは全く違う、いわゆる最下層の暮らしをしているから、『苦役列車』を通じてその生活様式を知るだけでもかなり「面白い」よ。
■ワーキングプアを描いた小説
『苦役列車』は、実の父親が性犯罪を犯し刑務所に入れられた北町貫太という青年が、社会と自意識の狭間でもがく話なんだ。綺麗なオチとか凝ったテーマはなくて、根が意志薄弱で目先の欲にくらみやすい青年が、労働を強いられる様子を克明に描いた作品で、最初から最後まで貫太自身も取り巻く環境も変化はないんだ。だけど貫太の欲丸出しで、クズな生活ぶりに、安心と少しの共感を抱くんだよね。
■『苦役列車』あらすじ
11歳で「性犯罪者の息子」というレッテルを貼られた貫太は、「自分にも性犯罪者の血が流れている」と悲観して社会との繋がりを断って、中学卒業後親元を離れるんだ。高校も出ていない身だと中々仕事先が見つからず、仕方なく港で冷凍タコの積み下ろしの日給5500円の日雇い肉体労働をするんだよ。その日給は全部風俗と酒につぎ込んで家賃を滞納しては追い出される。10代で既に退廃的なおやじみたいな生活をしてたんだよ。
そんな貫太は18歳の時に、日雇い現場に向かうバスの中で日下部という同い年の専門学生に出会うんだ。人と距離を詰めるのが下手でだらしなく学がない貫太にとって、爽やかで友好的で専門学校に通う日下部は、劣等感を抱く存在で、本来なら近寄りがたい相手なんだ。だけど、日下部が優しく話しかけてくれたことがきっかけで二人は友達になるんだよ。
久々の友人に貫太は上機嫌になって、一緒に飲んだり女を買ったりして遊ぶんだ。だけど「普通」の学生である日下部にとって、貫太の振る舞いや考え方や遊びが、下衆で辟易してくるんだ。そして日下部は貫太を避けるようになるんだよ。日下部が自分を避けていることに気づいた貫太は、自分の境遇への劣等感を再認識するんだよ。次の年の春、日下部が郵便局員になったことを知った貫太は、「所詮郵便屋止まりか」って嘲笑うんだ。かくいう自分は相も変わらず日雇いのままだった、っていう話なんだ。
■食べ物の描写
現場に向かうバスの中で、隣に座った肥満体の中年男が、お金がなくて腹が減ってる貫太を横目に朝ごはんを平らげる描写があるんだ。そのシーンが『苦役列車』の要素がぎゅっと詰まってるんだよ。
中年男はコロッケが入った惣菜パンをムシャムシャ食べて、その後卵サンドイッチの袋も開けて、最後にコールスローサラダを食べ始めるんだ。
おまけにその男は、コールスローのようなパック詰めのサラダまで買ってきたらしく、それを匙を使ってシャクシャク小気味よい音を立てながら悠然と食っている様子に、根が耐え性に乏しくできている我儘者の貫太は、何かこの男をいきなり怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られたが、またチラリと眉根を寄せた目を投げると、ちょうどその男はサラダの容器に分厚い唇をつけ、底に溜まっていた白い汁みたいなのをチュッと啜り込んでいるところだったので、これに彼はゲッと吐きたいような不快を感じ、慌てて窓外へと視線を転じた。
貫太と中年男の様子が目に浮かぶよね。『苦役列車』はこういった感じで、描く内容は汚いんだけど、その文体は綺麗なんだよ。
■『苦役列車』の評価
芥川賞は10人くらいの著名な作家が選考委員になって、どの候補作品が受賞に値するか話し合うんだけど、選考委員の一人の高樹のぶ子の酷評コメントがとても的確なんだよ。
「人間の卑しさ浅ましさをとことん自虐的に、私小説風に描き、読者を辟易させることに成功している。これほどまでに呪詛的な愚行のエネルギーを溜めた人間であれば、自傷か他傷か、神か悪魔の発見か、何か起きそうなものだと期待したけれど、卑しさと浅ましさがひたすら連続するだけで、物足りなかった。」
確かに『苦役列車』を端的に表してるよね。僕個人としては、その「卑しさと浅ましさがひたすら連続する」様が、何も進歩がない貫太を表してて良いんじゃないの?って思うけどね。
■貫太が小説家になる未来
性犯罪を犯した父親を持って、内面は見事に屈折して、貧乏で、恋人や同僚に横暴な態度を取って、口が悪くて、不潔で、理不尽。こういった人は本なんて読まず、パチンコと風俗と酒と煙草で完結してるようなイメージだよね。だけど貫太の未来の姿である現在の西村賢太は、こんな見事な私小説を書き上げて、芥川賞を取ってる。『苦役列車』の貫太が20年後文筆家として活動してるのを想像すると爽快な気持ちになるんだよね。頑張れよって応援したくなる。貫太が文筆家になるのは、90歳のおばあちゃんがゲーム実況のユーチューバーをやってるみたいなギャップがある。
■ドキュメンタリー映画を観ている感覚
ニュースやドキュメンタリー番組は、色んな種類の「自分とは違う世界」を見せてくれるけど、西村賢太の作品もその一面があるんだよ。『苦役列車』は貧乏に苦しむ「最下層」の生活を映し出してくれて、ドキュメンタリー番組を観るような、人の生活を覗くような、「良いものを見せてもらった」っていう感覚になるんだよね。その「良いもの」は、例えば生活保護受給者を追ったドキュメンタリー番組だったら作られた綺麗なハッピーエンドではなくて、その人の本来の生活そのものだよね。その感覚を持って『苦役列車』を読んでほしい。
■好き嫌いがハッキリする
西村賢太の作品の魅力は赤裸々さだと思うんだ。「思ったこと全部書いちゃう病」だよね。そして彼の風貌は、きったなくて太ってて、ちょっと近寄りがたいんだよ。そんな西村賢太に心底陶酔する人がいる一方、西村賢太を拒絶する人は絶対いて、しっかりと意見が割れるんだ。気に入るかは分からないけど、間違いなく衝撃は受けるから是非読んでみて。」