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『バナナフィッシュにうってつけの日』J.D.サリンジャー 「バーボンを飲みながら読む小説」

このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。

『ナイン・ストーリーズ』-「バナナフィッシュにうってつけの日」J.D.サリンジャー

○以下会話

■お洒落で不思議

 「そうだな、そしたらJ.D.サリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』がオススメかな。この小説は、『ナイン・ストーリーズ』という短編小説集の一番目に載ってる小説なんだ。

著者のJ.D.サリンジャーって知ってる?『ライ麦畑でつかまえて(The Catcher in the Rye)』という小説で一躍有名になったアメリカの小説家なんだ。『ライ麦畑でつかまえて』は、17歳の青年がニューヨークで過ごしたクリスマス前の数日間を語る小説なんだよ。「大人vs子供」という社会の構造を語った小説で、若者から熱狂的に支持されたんだ。だけどアメリカの教育委員会がその語り口とか思想を「危険」とみなして禁書扱いしたり、ジョン・レノンを銃殺した犯人が愛読書にしていたりと、かなり話題となった小説なんだ。

村上春樹もこの『ライ麦畑でつかまえて』を翻訳して出版しているんだ。独特な語り口で最初は読みづらさがあるんだけど、すごいエネルギーが伝わってくる小説だよ。

『バナナフィッシュにうってつけの日』は、そんな「危険な小説」を書いたJ.D.サリンジャーが、『ライ麦畑でつかまえて』の次に書いた小説なんだ。

代表作の『ライ麦畑でつかまえて』の様な「若者の叫び」的な小説とは打って変わって、映画的でお洒落で、夜にブランデーでも飲みながら読みたい小説なんだよ。

■拳銃自殺をするシーモア

意味のない会話とか登場人物の行動がこの物語の雰囲気を作っていて、そこがこの小説の美しいところなんだ。だから実際に読まないと作品の良さ伝わらないと思うんだけど、一応あらすじをさらうね。簡単にまとめると、グラース家の長男シーモアが、婚約者とビーチホテルに宿泊中に拳銃自殺をするお話なんだ。

ビーチサイドのホテルでグラース夫人が母親と電話をしているところから物語は始まるんだ。母親は娘の夫であるシーモア・グラースのことをしきりに心配しているんだ。というのも、シーモアは少し前まで戦争に行っていて、精神的に病んで入院していたんだ。そのシーモアがまだ完全に回復する前に退院してしまっていたんだよ。

グラース夫人がそんな電話をしている時、外のビーチでは黄色い水着を着たシビル・カーペンターという女の子がいたんだ。シビルは砂浜の上で仰向けに寝転がっているシーモアと出会うんだよ。

何日か前からホテルに泊まっていたシビルもシーモアも、お互いホテルで何度か顔を見かけたことがあったんだ。

少し会話をしたシーモアは、シビルに「バナナフィッシュ」をつかまえようと言って海に入るんだ。「バナナフィッシュはバナナが入っている穴に泳いでいく魚だ」って説明して、今日はバナナフィッシュにうってつけの日だと言うんだよ。

「あのね、バナナがどっさり入ってる穴の中に泳いで入って行くんだ。入るときにはごく普通の形をした魚なんだよ。ところが、いったん穴の中に入ると、豚みたいに行儀が悪くなる。ぼくの知ってるバナナフィッシュにはね、バナナ穴の中に入って、バナナを七十八本も平らげた奴がいる」

海にしばらく漂ってると波がやってきて2人は波に飲み込まれるんだ。陸に上がるとシビルは「さっきバナナフィッシュが一匹見えた」と言うんだよ。

ホテルに戻ったシーモアは、部屋に戻って妻が眠っていることを確認するんだ。彼女を見つめながらシーモアは拳銃で自分のこめかみを撃ち抜く。

これで終わり。不思議な小説でしょ。

■答えのない小説

たった20ページくらいの短い小説なんだけど、「バナナフィッシュ」という架空の生き物が出てきたり、最後に自殺した理由が不明確だったり、著者のJ.D.サリンジャーの私生活が謎に包まれていたりと、全体的に不思議な雰囲気をまとっているから、各国の文学者や研究者にものすごい研究されているんだ。「この単語はこんな暗示をしてる」とか「ここでの行動はこういった意味だ」とか色んな解釈をされてるんだよ。司法解剖される死体みたいに、文章をバラバラにして何か隠されたメッセージはないか事細かく見尽くされているんだよね。

確かに純粋に読むと、この小説には意味不明なところがたくさんあるんだよね。だから研究熱心な人は、謎解きのように取り組んで意味を見出して、この小説を理解しようとするんだ。

確かにその姿勢は素晴らしいしそれで文明は発展していくんだけど、無理矢理答えを出そうとするのはちょっと違うかなって思うんだ。

というのも、『ナイン・ストーリーズ』の本には、短編小説が始まる前の1ページ目に、

両手の鳴る音は知る。片手の鳴る音はいかに?ー禅の公案

という文章が載っているんだよ。これは隻手音声という有名な禅問答なんだ。「両手を打つとパンって音がするけど、片手ではどんな音がするでしょうか?」という問いなんだよ。

まず「禅問答」とは、禅宗の僧が悟りを開くために行う問答のことなんだ。隻手音声のように、禅問答の問いは普通に考えても答えが出ないものなんだ。だって片手で音なんてならないもんね。でもその答えのない問いを考えるのが修行になるんだよ。

悟りという全てを超越した存在になるための修行だから、その問いに対して、言葉で考えるんじゃなくて、言葉を超えたいわば直感というか念というか、何か遥かかなたにある不思議な力で理解するんだよ。僕は悟りを開いたことないから詳しくは分からないけど。

つまり禅問答は、論理などを跳躍して心で考えるものなんだ。サリンジャーがこの「両手の鳴る音は知る。片手の鳴る音はいかに?」という禅問答を本の冒頭に載せたのは何か意味があると思うよね。おそらくだけど「ここからの小説を言葉の表面で理解するのではなくて、ただ感じるままに理解して欲しい」というメッセージになってると思うんだ。

だから「これはどういう意味なんだろう」「よくわからないな」って思うことに意味があって、言葉の意味を探って論理的に考えて一つの答えを出す作業はあまり必要じゃないんだよ。論理を超越した小説だからね。

というのも、前作の『ライ麦畑でつかまえて』を出版して以来、J.D.サリンジャーは田舎に引っ越して、公の前には姿を出さなかったんだ。爆発的に売れてカリスマ的な人気があったから、作品が自分の手から離れてしまって勝手な解釈がつけられたことが嫌になっちゃったんだと思うんだよね。

だから次回作の『バナナフィッシュにうってつけの日』をはじめとする『ナインストーリーズ』は、言葉をこねくり回して変な意味づけをせずに、心で感じて欲しいと思ったと思うんだ。

だから最初はこの小説を読んで「意味が分からない」って拒絶するかもしれないけれど、その意味の分からなさも楽しんで欲しいんだよね。だってそもそも明確な意味、答えなんてないんだから。

まるで映画のように流れる美しい映像を、カッコ良いなとか、冷たいなとか、不思議だなって感じて楽しんで欲しい。夜にバーボンでも飲みながら。

■尾田栄一郎が参考にしたであろう構成

実はこの『バナナフィッシュにうってつけの日』は、「グラース家」をめぐる一連の物語の第一話に当たる小説なんだよ。主人公のシーモア・グラースは、5男2女の大家族、グラース家の長男に当たる人なんだ。この話を皮切りに、グラース家の兄弟たちの話が6つくらいの小説で展開されるんだよ。

シーモアは、頭の良い皆の憧れの長男だったから、家族はものすごく彼に影響を受けていたんだ。そのシーモアが死んだことはものすごい衝撃的な事件で、残された家族たちは色んな葛藤を受けながら生きていくんだよね。

つまり『バナナフィッシュにうってつけの日』から始まる一連のグラース家をめぐる小説は、シーモアの死んだ後の世界で生きる「シーモアに影響された家族の物語」と言えるんだ。

この構成って何かに似てると思わない?言わずと知れた尾田栄一郎の『ONE PIECE』、これに似てると思うんだ。

ワンピースはルフィが仲間と一緒に海賊王を目指す物語だよね。今や20年以上続いてるこのワンピースの一番最初は、ゴールド・ロジャーという海賊王が、「探してみろ、この世のすべてをそこに置いてきた」という言葉を残して処刑されるところから始まるんだよ。

海賊王であるゴールドロジャーが「ONE PIECE」という宝をどこかに置いてきたまま死んで、その「ONE PIECE」を見つけるためにルフィとか色んな海賊が旅してるんだ。

つまり、ルフィらがいま生きてる世界は、ゴールドロジャーが死んだ後の世界なんだ。ということは、ワンピースは、「ゴールドロジャーに影響された人たちの物語」とも言えるんだよね。これはまさにグラース家の一連の話の構造と同じなんだよね。

単にルフィが「この世界にすごい宝があるらしいからそれを探す」というスタートで物語が始まっても良いんだけど、最初に「ONE PIECE」を見つけた海賊王が死ぬことで、「ONE PIECE」の存在が補償されて、主人公の旅するモチベーションの意味も分かるし、旅の目的が読者にも共有されて、一緒に航海をしてる気持ちになれるんだよね。

実際に、『バナナフィッシュにうってつけの日』でシーモアの死ぬシーンを読んだ後、続編では「家族の中心にいたシーモアが死んだ後の世界で、兄弟たちがどのように生きたかを描いている」って聞くと、ちょっと続きを読んでみたくなるでしょ?

尾田栄一郎は、このグラース家の一連の小説を読んで、ワンピースの構成を思いついたんじゃないかな。多分。」

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