久しぶりに美味しい蕎麦がきが食べたい
急にそう思った。
子どもの頃、いわゆるスナック菓子を私にぜったいに食べさせなかった母が、昔よく蕎麦がきや麦こがし(麦粉)をおやつに練ってくれたのを思い出す。
夏が終わり肌寒くなってくると人の温かさや優しさが恋しくなるのだろうか。
ひとくちに美味しいと言っても味覚も人それぞれだが、蕎麦の香りを最大限感じられる滑らかな蕎麦がきが食べたい。
改めて蕎麦粉の産地、挽き方、粒子の大きさを調べて自分の求める味を探す。
水かぬるま湯か熱湯か、そしてその分量や割合、椀がき、鍋がき、そうか、最近はレンジでも作れるのか、久しぶり過ぎるので作り方も復習する。
どうせならと自分のThe best of蕎麦がきを追求するために全パターンの組み合わせを実践していくことにした。
忘れていたよ、こんなに腕が疲れるって。
立て続けに何回も、私には無理だ。
日を替えてのんびりやっていくことにした。
以前、合理性とコストパフォーマンス第一主義の元カレがいた。
手数が勿体ない、時間が無駄との口癖を付き合ってだいぶ経ってから口にする回数が増えたのは、付き合い当初は言いにくかったからだろうか。
彼の同性友人知人とも交流を重ねていく中で
「(元カレが)連絡してくるのは自分の用がある時だけなんですよ〜(笑)こっちがメッセージ送っても全部既読スルーですからね〜(笑)」
「相手発信の話に時間を費やすのは無駄だと思ってるみたいですね(笑)」
そんな声をしばしば耳にするようになった。
笑いながらではあるが彼らの本心であることは明らかだった。その時きっと私は引きつった笑顔で聞いていたに違いない。
「(元彼とは)残念ながら友だちとは言えないなあ……(笑)言うならば遊び仲間、かな。お互い目的が合致した時だけ時間を共有し、そのための連絡はしてくるって感じ。面倒くさいんでしょ」
中には神妙な面持ちでそう言う人もいた。
徐々に抱くようになっていた私の元カレに対する違和感と重なった。人間関係にも労を惜しむ。
私の料理する姿を見て「イマドキそんなことする人いないでしょう〜(笑)」とも言われたなあ。
食の好みも価値観も人それぞれ。
時短料理に拘るだけでなくお台所に立たないという人もいるだろう。実際私の知人にもいる。
人間関係にも広く浅くインスタントな関係を望む人がいるだろう。積み重ねていく人間関係に価値を置かない人もいるだろう。
でも、私はスロウフードが大好き。腕が疲れたなあと言いながら明日また蕎麦がきを練るだろう。
だから好きだった彼は元カレという名の存在に変わったのだと、木べらを動かしながら思い出に耽った。