史的唯物論の「上部・下部構造二元論」と社会システム理論の「コミュニケーション一元論」

2023年8月5日

文化主義という物言いはマルクス主義(に関わる論争)の残滓に過ぎない。経済的下部構造と文化的上部構造を分離、前者が後者を規定するのか(マルクス)、後者「も」前者を規定するのか(ウェーバー)、二十世紀半ばまで、とてつもなく長く議論された。そこではウェーバーの立場が「文化主義」と蔑称された。誤解し易いが、ウェーバーは下部構造と上部構造の双方向的な規定を主張していただけだ。

ウェーバー研究から始めた社会システム理論の創始者パーソンズも、AGIL図式で、経済的下部構造(A)と文化的上部構造(L)の双方向的な規定を主張した。これに対し、文化という日常語は、単なる帰属処理の宛先で̶̶例えば「文化が違うから」という説明で納得した気になるだけで̶̶学問的意味を一切持たないとしたのがルーマンだった。ウェーバーをより深く読み込んでいる点で圧倒的に正しい。

だからルーマンはコミュニケーション一元論になる。コミュニケーションを文化に配当してその外に非コミュニケーション(経済)があるとする二元論を否定するのだ。古い社会では法(紛争処理)・経済(資源配分)・政治(集合的決定)・学(真理生産)・宗教(理不尽処理)などのの諸機能が、各装置(司法制度・所有制度・議会制度・教会制度など)に分化していなかった。それを見るところから始めれば、上部・下部構造二元論のような愚昧には陥らないだろうと。

循環機能・伝達機能・免役機能・代謝機能はあれど、諸機能に対応した循環器系・神経系・免疫系・消化器系のサブシステムを分化させていない真核細胞生物。原初の未分化な社会はそれに似る。ところが、多細胞化し、諸機能に対応したサブシステムへの「分化による統合」を遂げることで遂行能力を上げる、という進化が生じた。そこでは、循環機能・伝達機能・免役機能・代謝機能のどれかが下部構造(基幹)であとは上部構造(枝葉)だとの発想はあり得ない。

ルーマンいわく、上部・下部構造2元論は、特定社会を観察してコミュニケーションの歪み(虚偽意識)を経済(所有関係)に他責化・他罰化したものに過ぎない。現実には、コミュニケーション触媒の分化が、法(紛争処理)・経済(資源配分)・政治(集合的決定)・学(真理生産)・宗教(理不尽処理)などに対応したサブシステム(司法制度・所有制度・議会制度・教会制度)をもたらす進化を帰結しただけ。どれか一つが基幹という発想はあり得ない。

コミュニケーション触媒は、ありそうもない期待と動機付けを触媒するシンボル。「真理」。体験していない事実を自らの体験かの如く引き受けさせる触媒。それが学サブシステムを分化させた。「貨幣」。物物交換の如き欲求の相互性を欠いた一般的購買力を信じさせる触媒。それが経済サブシステムを分化させた。「権力」。物理的強制がなくても支配・服従関係を増殖させる触媒。それが政治サブシステムを分化させた。「愛」「信仰」…以下同様。

これはウェーバー的だ。ウェーバーはエートス概念を使うが、イメージメイクを除いては文化概念を使わない。エートスとは宗教生活などで形成される「変わりにくい行為態度」。飽くまで個人に帰属される「個人合理性」を持つ。集団に特定エートスが広く分布した時「文化がある」とされるが、文化は説明概念ならぬ雑な記述概念に過ぎない。エートス・を支える個人合理性・を支える生活形式だけが説明概念となる。エートスが広く分布すれば「文化がある」と見えても、無用な対立概念(経済など)を想像させる概念の使用を控える。

ウェーバーがプロテスタントの倫理と言う時に文化を持ち出さないのに倣い、宮台も文化を説明概念としない。広狭に分布するエートスを摘抉するだけだ。三島由紀夫いわく「空っぽな日本人」。丸山眞男いわく「超国家主義の論理」。宮台いわく「近代から見た日本人の劣等性たるヒラメ・キョロメ」。全てに「個人合理性を持つエートス・を支える生活形式」を問題にする点が共通する。生活形式は他者たちとの噛み合いを要求するので集団的になりがちだから、生存戦略上の理由でエートスが集団に広く分布し得る。この理路が極めて大切だ。

エートスは生活形式と表裏一体で、それを生存戦略上有利にする集団成員らのエートス(生活形式)と表裏一体だ。人々のエートスを変えるには、それが生存戦略を有利にするような集団的生活形式・をキャンセルするソーシャルデザインが必要だ。山岸敏男『心でっかちな日本人』の最大論点だ。だがソーシャルデザインをするのも人。山岸が語る「ソーシャルテザインができる人材」や「そうしたデザインを支持する人材」を育てる成育環境が広く失われ、マクロには回復不可能。だからワークショップを通じて必要なエートスを持つ個人を育て、マクロがどうあれ共同体自治の樹立を「可能な所から」図る。無駄なエネルギーを使わずに。

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