大好きだった先生は、パン屋さんでした
まだ20歳に満たない私にとって、10歳という節目は特別だったなぁ、と振り返って思う。
1/2成人式なんて名前をつけた参観日があったり。小学生人生も折り返して低学年を見るとお姉ちゃんみたいな気持ちになったり。
1桁だった年齢がやっと2桁になって、少しずつ大人になり始めた時期。というか、背伸びすることを覚えた時期な気がする。
周りも大人になってきて、少しずつ人間関係なんてものもできた。
私にとって、たくさん悩んで傷ついたのが、10歳だったなのだ。
悩むのは今と何も変わらないけど、10歳の私は。
悩みの悩み方も、乗り越え方も、何も知らなかったのである。
そんな日々を笑って過ごせたのは先生のおかげだと思う。
先生は私のクラスの担任で、優しく、厳しかった。10歳になる私たちを子どもではなく、一人一人の人間として向き合ってくれた。
クラスでいじめが起こってしまったとき、ただ先生として怒るのではなく、人として、何がいけなかったのか一緒に考えてくれた。
個性が強くバラバラ私たちを、強制してまとめるのではなく、それぞれのいいところを見つけ合おうと言ってくれた。
人生の先輩として今までの失敗や苦労・嬉しかったことや、母としての経験もたくさん教えてくれた。
教室にあった2・300色の色鉛筆。色の違いやこだわりを話してくれて、自由に使わせてくれて。
今考えると、そんな色鉛筆が私たちのようで。
今の私が私でいれるのも、先生のおかげなのかもしれない。
先生はいつもよく笑っていた。
でも、よく泣いていた。
私はそんな先生が大好きだった。
私たちはそんな先生が大好きだった。
先生はその後遠くへ転勤してしまい、一緒に過ごせたのは1年間だけだった。
それから毎年3月、新聞で道教員の転勤情報の中から名前を探したり、ネット検索したりしていたが、見つかることはなかった。
「お前の先生、パン屋なんだって」
もうすぐ17歳。あれから7年後の真実である。
実家に帰省中、兄が言った一言に耳を疑った。!がついたり、……がつくこともなく、「父、アイス買って帰るって」と同じようなテンションで、そんな大事なことを……。
「え?」
「知らなかったの?」
「どこで?」
「○○の家の近く。○○が教えてくれた」
(※○○は札幌近郊に住む兄と私の共通の友達)
「なんで教えてくれないの!?」
「だって、言わんかったっけ。俺去年から知ってたけど」
知らんわ。聞いてないわ。
なんて衝撃のほうが大きくて怒る気にもなれず。店名から何までほかの情報はなく、必死にネット検索をした。
あっ、これだ。
パン屋のインスタグラムアカウント。その投稿の手書きの文字。
先生だ。絶対、先生の文字だ!
私の大好きな字だった。連絡帳やはなまるの横に書いてくれた、大好きな先生の字。
インスタライブのアーカイブも残っていて、そこには当時と少し雰囲気が変わっている先生の姿があった。見たら、中身はそのまんまだったけど。
あぁ。
いる。いるんだ。元気なんだ…!
教師ではなくなっていたけどパン屋さんとして生き生きしている先生を見れたのがすごく嬉しくて。
実家から300kmも離れた場所だけど、いつか。
そのいつかは案外すぐやってきた。
寮に戻ったゴールデンウイーク明け。親戚の用事で札幌まで行くことになったのだ。
少し離れてるけど、行ける!
スケジュールのない2日目にその近郊で寮生活をしている当時のクラスメイトの友達と行く計画を立てた。
朝5時に起き、準備をして、持ち慣れないSuicaで地下鉄→JRに乗車。
会える!先生に、6年ぶりに!
覚えてないかもな、もう何年も経つし、ちょっと見た目変わってるし(ほっとんど変わってないけど)……と心配になり、先生に連絡する勇気はなかった。
つまり先生側からすると、300km離れたところから朝早く当時の教え子を名乗る女子高生2人がやってきた、というわけわかんないサプライズになってしまったのだ。
友達とも無事合流し、駅から歩いてパン屋まで。会える喜び、緊張、不安。いろんな感情が心に入り浸っているのに、胃袋だけは空っぽだった。
「いらっしゃいませ~」
迎え入れてくれたのは、男性。先生の旦那さん兼(元)先生である。
これが探しても見つからなかった理由。先生苗字変わってた問題。
しかも旦那さんは10歳の私が当時恐れていた怒ったら怖いで有名なコワモテの先生。え、先生、先生と結婚してたの!?とネットで調べたときにひっくり返った。
すぐに奥から先生、大好きな先生が
「どれにしますか~」と出てきた。
先生、あのね、先生、先生、
「先生!」
やっと、口に出せた。
「あの、その△小の4年だった(本名)と(友達)です!」
「えっ、え!?(本名)と(友達)ちゃん!うっそ!」
なんだ、覚えてるじゃん。
先生に名前なんて何回も呼ばれてたはずなのに、ドキっとして、顔が熱くなる。焼きたてのパンの香りと幸せに包まれて、えへへへっなんて子供っぽい笑い方をしてしまう。
「え、待って。そんな遠くからきたの!?今、何やってるの!?」
「あのねぇ、実は今寮生活しててねぇ…」
大人に敬語を使うのが染みついていたはずなのに、完全にあの頃に戻ってしまって。もうすぐ大人っていうのに、ニタニタしながらへにゃへにゃ喋っていた。
先生はよく笑っていた。
でも、泣いていた。
「ありがとねぇ……大きくなったねぇ」
「全然なってないよ!あんまり身長伸びなかったもん」
「いやぁ嬉しいなぁ……!ほんとに、もう!」
「もうすぐ17だけど、心はずっと10歳だよ!」
いやそれはまずいよ、私。
「そんな気がするわ!」
いや、ちょっと先生!もう子どもじゃないんですから。
近状報告をしながら、パンを選んで。
今こんなこと勉強しててね、と話してたら
「(本名)らしいわ~」
とのこと。10歳の私が先生にどう見えていたのかはわからないけど、いい意味で私は変わってないんだなと少しほっとした。
ちなみに先生の記憶力はすごくて、私の家族のこと、友達の家の犬のことも覚えていた。素直にびっくり。
あの場にいたのはパン屋さんとお客さんの女子高生じゃなくて。
大好きな先生と、10歳の女の子たちだった。
購入したパンをもらえば、帰らなきゃいけない。ここは学校じゃないし放課後もない。
「また来ます!」
「待ってるよ!いつでもおいで!」
「じゃあ!」
ドアを閉め、振り返って手を振る。前もこんなことあったな。あれは、下駄箱だらけの臭い玄関だったけど。
近くの公園に行って、買ったパンを青空の下で食べる。
先生だからとか、そんなんじゃなく
今まで食べたパンの中で一番美味しかった。
美味しいねぇ、美味しいねぇと友達と言いあいながら、胸もおなかもいっぱいになっていた。
幸せだった。
きっとあのパンにはたくさんの愛情が詰まっているのだと思う。
そして食べた人みんなに愛されるパンになるのだと思う。
いつになるかはわからないけど。
また、絶対行こう。
今度は大好きなパン屋さんに美味しいパンを買いに。
KaiTO
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