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オレンジ色の東京タワー

じめじめとした梅雨の終わりが近いと思っていたら、街には南国のような陽射しが容赦なく照りつけている。
空を見上げると、入道雲がもくもくと透き通った青色に新たな彩りを加えている。季節の流れは思ったよりも早い。気づけばこの街にも夏が到来していた。

振り返れば僕たちはまだ大人になる前。15歳になったばかりの頃だった。
「こんな暑い日に限って」と思われてもいい。勇気を出して君と手を繋ぐと温もりが握り返してくれて、それが嬉しくもあり照れくさかった。

「夜に輝く東京タワーも好きだけど、青空の下もいいね」
普段とは違う大人びた君の表情にどぎまぎしてしまう。好きな人の呼び出し方も分からずじまいで、そのうえ気持ちをうまく伝えられたかも定かじゃない。でも、笑顔でそれを受け取ってくれた君に僕はどんな風に感謝したらいいのだろう。口には出さなかったけど、君を好きになってよかったと僕は心から思った。

僕が「まだ行ったことのない場所へ行こう」と提案すると君はこの場所を答えてくれた。まだスカイツリーができる前、電波塔といえば東京のシンボルでもある東京タワーだった。

高いところは苦手だったが、悟られまいと必死に取り繕いながら、最上階から東京の街並みを眺める。
僕らの住む街すら小さく見えて、「東京タワーからしてみれば、僕たちはちっぽけな生活をしてるんだね」と小さく笑い返すのが当時の僕の精一杯だった。

楽しい時間はアイスが溶けるよりも早く過ぎ去っていく。東京タワーのマスコットキャラクターを模したキーホルダー片手に、他愛もない話で盛り上がるそばで時計は黙々と時を刻んでいた。仕方なしに「そろそろ時間だね」と告げると、君はこくりと頷く。

幾分か暑さが和らいだ頃、夕陽が照らすバス停まで君を見送り、「またね」と手を振る。明日から始まる憂鬱な月曜日も、君となら軽やかに越えていけるような気さえした。

今日はデートといえるデートだったろうか、と今ではどうしようもできない不安な気持ちを抱えながら電車に乗り込む。運よく席を確保し、勧められたばかりの君の好きな曲をウォークマンで再生してみた。

あの日、君からもらった手紙。本棚を整理していたら、それがひらひらと落ちてくるものだから中身を見ると、書かれていたのは十四年前の今日の日付。

「夏を越えたら、次はどこに行こっか?」
一緒に見た東京タワーからの風景とともに、久しく聞いていなかった君の声が蘇る。あの頃背負っていた未来も、君と別れることになるまでしまっていた想い出も、今ではオレンジ色の粒を降らしてくれている。


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