【34】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 山鹿集結篇
「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》 第34回 山鹿集結篇
お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートした「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト。
それは「私たちのシルクロード」でありました。
これまでの計33回に及ぶ連載を経て、おかげさまで着物が完成しました。そこで、お蚕さんのふるさと熊本県山鹿(やまが)市にメンバーが初集結し、「Blue Blessing」(ブルーブレッシング:青の祝福)お披露目会を実施しました。今回は、その模様をレポートします。
■お蚕ファームから「こんにちは」
2021年7月10日、前週から大雨の被害が相次ぎ、この日の九州も警戒が必要でした。祈るような気持ちで迎えた朝、雨は続いていましたが、九州北部にあたる熊本県山鹿市は午後になれば雨が上がる予報でした。
上の写真は、午後4時頃、お蚕ファームの桑畑(くわばたけ)を背景に4人並んで撮ってもらったものです。左から、染め織り担当の吉田美保子さん、養蚕担当の花井雅美さん、note連載担当の安達絵里子、糸づくり担当の中島愛さんです。
■仮絵羽仕立ての「Blue Blessing」初公開
花井さんが育てたお蚕さんが結んだ繭(まゆ)が、埼玉県の中島愛さんによって座繰り糸(ざぐりいと)となり精練(せいれん)され、神奈川県の吉田美保子さんによって染められ織られ、熊本県山鹿市のふるさと「お蚕ファーム」に着物になって帰ってきました。
「ただいま」「おかえりなさい」
お蚕ファームの母屋に「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト着物「Blue Blessing」が掛けられました。この家屋は大正時代に建てられ、かつては屋内で養蚕が行われましたが、現在はこの部屋の隣室で「稚蚕(ちさん)飼育」を、別棟の蚕室で壮蚕(そうさん)期の飼育を行っています。
長年、養蚕を見守り続けて来た家屋が、「Blue Blessing」を「おかえり」と優しく抱くようです。そして「Blue Blessing」は、安心しきったように「ただいま」と、羽根を広げて美しい姿を見せてくれるようです。
■note版・仮絵羽仕立て「Blue Blessing」鑑賞会
さあ、着物の形に仮仕立てされた「Blue Blessing」をご一緒に鑑賞しましょう。前回までで、反物の形やトルソーに着せた形をご覧に入れましたが、衣桁(いこう)に掛けた形を公開するのは初めてです。メンバーはもちろん、作者の吉田さんも、初めて衣桁掛けを実見しました。
どうです、この迫力! さぁさぁと清らかな水が湧き出て、流れるようではありませんか。肩山と裾にウルトラマリンの濃い青が熨斗目(のしめ)状に配されていますが、ブラッシングカラーの「ずらし」と、冷たいグレーとの縞割(しまわり)により、水がほとばしるさまが見えてくるようです。
着てしまえば、おはしょりや帯で隠れてしまう腰部分を鑑賞できるのも、衣桁掛けならでは。ぜひご注目ください。ウルトラマリンの効かせ色はありませんが、薄グレー濃淡のブラッシングカラーズにより、奥行きのある表情が生まれています。目立たない、こうした作家の心配りに心奪われます。
上から、見てみましょう。
袖山、肩山(いちばん上のところ)からブルーが祝福するように降りそそいでいます。これね、羽織ってみると、もっとステキなのです。私、試させてもらったの。正面から見ても、後ろから見ても、肩から手にかけてのラインが、絹本来の光沢とあいまって美しい曲線を成して、「立ち姿の美しい人」になれるのです。びっくりしましたよ!
次は、裾(すそ)に注目しましょう。
効かせ色であるウルトラマリンが比較的上、着用すれば膝より上の腿(もも)のあたりが最も濃く、下に向かってだんだん薄くなっていきます。つまりポイントが上の位置にあるから、湧き上がるように見えるのです。一種の風景描写でありながら、運気が上昇する吉祥性を帯びているようです。
柄のポイントが比較的高めにあるから、身長が高い方にも似合うし、そうでない方でも身長をすらりと高く見せる効果があるように思います。でも、私がいちばん「スキ」と思ったのは、感覚の新しさ。グラデーションのある優しいブルーが湧き上がる「高さ」に「令和の洗練された新しさ」を感じたのです。これからの人生を祝福してくれる感じ。
着物のカテゴリーとしては「織り絵羽(えば)」。縫い目に渡って柄が構成されているので訪問着のようにドレッシーですが、織物なのでもう少しカジュアル。しかし能装束や武士の着物にも見られる「熨斗目」(のしめ)をアレンジした柄構成なので、品格のある着物です。そのため、ホテルなどでのパーティや同窓会、オペラや歌舞伎鑑賞、美術館での芸術鑑賞、お食事会など、おしゃれをしたい場所で、ばっちり決められる着物です。
着用時期は盛夏以外。一般的には、10月から翌年5月までと着用時期が長いの袷(あわせ)仕立てにするケースが多いのですが、花井さんの繭の糸質を味わうために、ひとえ仕立てで着るのもオススメです。質の良い糸でしっかり織られているので、美しいドレープがありながらも適度な張りがあり、ひとえ仕立てにも向きます。ひとえ仕立ては、着物カレンダーとしては6月と9月と言われていますが、温暖化の近年、衣服に決まりのある場所でなければ、比較的ゆるやかにとらえられており、地方により早ければ4月からひとえを着始め、10月になっても着る方が増えてきています。
合わせる帯は、しゃれた雰囲気の袋帯や九寸帯などご自由に。先日の「白からはじめる染しごと展」インスタライブでは、紺地の唐草文様染め帯、胡粉を使用して細やかに描き込んだ桜などの花丸文様染め帯、蜘蛛の巣に一条の光が差したようなブルーの染め帯を合わせていました。色の感覚、帯合わせで物語性を生み出すコーディネートなど、着物と語り合い、帯と語り合い、調和を楽しんで着こなしてくださると、着る喜びが増すと思います。
■なんと動画撮影も!
お披露目会といっても、コロナ禍の昨今。無観客で開催し、このプロジェクトを支え、応援してくださった近隣の方数名の方だけにご覧いただきました。しかし、この雰囲気をnoteをご覧くださる方にもお伝えしたいと、動画撮影を行いました!
撮影するのは明日の巨匠・吉井優作さん。芸術学部を擁する崇城大学、デザイン学科甲野善一郎先生のゼミから推挙された俊英です。素人相手に辛抱強く頑張ってくださいました!
吉田美保子さんは、着物も帯も、ご自身の作品をお召しです。この動画は8月半ば頃には完成予定で、本連載第35回として発表する予定です。どうぞお楽しみに!!!
■新聞社の取材も受けました
翌7月11日は新聞社から取材を受けました。当初は盛んに???が湧き出ていらっしゃいましたが、さすが百戦錬磨の記者さん、わずかな説明で音を立てるように理解され、「がんばってまとめます!」と帰られました。
すると間もなく戻られ「桑畑で繭のカゴを持った花井さんを撮影したいのですが」とのこと。私も飛び出して、記者さんの撮影後、花井さんを撮らせてもらいました。(人のなんとかで相撲を取る、よろしく「人のアイディアで写真を撮る」ですな)
ステキな写真が撮れました。今度から、花井さんの写真といえば、これを使いますので、ヨロシク! 花井さんが持っているのは、5月6日に掃き立てをした「春嶺鐘月」(しゅんれいしょうげつ)の春繭。この桑の葉だけを食べて育ったお蚕さんたちが結んだ繭たちです。現在冷凍保存中で、これから糸を作り、染織されて着物が作られます。
新聞記事につきましては、動画公開時に併せてご紹介いたします。今回惜しくも取材に行けなくて残念だったな、と思われた報道関係の方は、末尾に掲示しております「問い合わせ」コーナーまでどうぞ。
■お蚕さんのふるさと山鹿から「ありがとう」
花井さんと中島さん、中島さんと安達は、それぞれ初対面でした。でもそれが信じられないくらい、メールやzoomでつながっていたので、終始なごやかで幸せな2日間を過ごすことができました。最後に、メンバーの仕事順にこの2日間に抱いた思いを綴ってもらいましたのでご紹介します。
花井雅美(養蚕)
仮仕立てされた「Blue Blessing (ブルーブレッシング)」を4人で囲んだひと時は、本当に夢のような時間で、4人で駆け抜けた日々が走馬灯のように流れ、胸がいっぱいになりました。
完成したお着物は、画面を通して見た時も、その美しさに感動しましたが、実際に目にした時の眩いほどの美しさには息をのみました。
Blue Blessingが掛けられた空間は空気が澄みわたり、清らかな水のせせらぎが聞こえてくるようで、思いっきり深呼吸をしたくなりました。
安達さんが動画で話されていた、『身にまとうパワースポット』。まさにその通りだと実感しました。
日々それぞれが流した汗や、誠実で正直な仕事や思いは、こういう美しいものへと繋がっているのだと、心から嬉しく思いました。
4人が大集合するにあたり、協力や応援をしてくださった方々の温かな気持ちに触れ、感謝の気持ちが溢れると共に、このお着物は本当に祝福されているのだということを改めて感じました。
まだまだ続く《私たちのシルクロード》。これからも楽しみです。
中島 愛(糸づくり)
私たちのプロジェクトが始まってから約1年、やっとメンバー全員で会うことができました。そして初めて作ったお着物「Blue Blessing」を、ようやくみんなで見ることができました。
直に見たお着物は、染め分けられた色の作用で模様に深みがあり、袖や身頃などの部分によって印象が変わるお着物でした。お着物の形に仮仕立てされたことによって、染めが活き、生命力に満ちていました。
このお着物を前にして、長い期間、それぞれが取り組んだ仕事がようやく一つになり、形になったんだなぁと実感しました。このお着物を多くの方に見ていただきたいと思い、今回動画撮影を行いました。
みんなが意見を出し合い、初めて会ったとは思えないほどリラックスした雰囲気で撮影することができました。まだ編集前なのですが、それぞれの思いがこもった熱い動画になると思います。
今後もこのプロジェクトは続いていきますが初めて作ったこのお着物は、思い出深い作品として心に残ることと思います。
吉田美保子(染め織り)
今回の山鹿大集合は、それはそれはワクワクする時間でした。
私、個人的には、この目でしかと、絵羽に仮仕立てした「Blue Blessing (ブルーブレッシング)」を、山鹿の地で観ることができたと言うのが、感慨深かったです。それも4人で一緒に。
何度も言ってますが、長く染織作家をやっていても、お蚕さんが育まれた、土壌、桑、空気、人、それから繭から糸にした人、その人が選んだ技法や微妙な加減など、分かるものではないのです。それが目の前に勢揃い!その中で、「Blue Blessing (ブルーブレッシング)」は、自分で言うのもなんですが、堂々とまた豊かにおおらかにそして静かに、衣桁にキリッと掛けられ、立派な風情をしてました。
ああ、よかった。ひとつ育てあげることができた。花井さん、中島さん、安達さんに、成長した姿をご覧に入れることができた。ほっとしました。
4人で将来を話しあえたのもうれしかったです。それぞれの道を歩き続けますが、また交差点を持てる日も遠くなく実現できそうです。シルクロードは続きます。
■8月半ば頃に、再び
メンバーが申しております通り《私たちのシルクロード》はこれからも続きます。「私も花井さんの繭、中島さんの糸、吉田さんの染め織りで着物を作りたい」というご希望を承っていますので、不定期ではありますが、継続してプロジェクトの進行をこのnoteでご報告していきたいと思っております。
次回は8月半ば頃、第35回「動画公開篇」(仮)をお届けします。ひと月ほどご無沙汰をいたしますが、今回のプロジェクトを総括する渾身の動画を作成いたします(つもり)なので、どうぞよろしくお願いいたします。
*「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト《私たちのシルクロード》に関するお問い合わせは、下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」にご連絡をお願いします。