連続事例検討会:第9回「希死念慮」
はじめに
毎週土曜の夜にネット上で開催されるおとぎ塾は、「事例検討会風座談会」である。
例えるならそれは、攻略マニュアルの作成過程暴露本と言い換えられるのでは?と妄想している。
ともすれば殺伐としてしまう利他的な仕事に、魂を吹き込むひと手間。
記録者のなかで、そろそろ現場の事例に適用するフェーズに入りつつあると、スピンオフを目論んでいる次第。
希死念慮とは?
さて、今回の事例についてである。
自分で自分の命を諦めることについては、主に2種類の用語が用意されている。
まず一つは希死念慮で、ぼんやりと死にたい思い。命を終わらせる行動の一歩手前であり、心理状態は曖昧模糊としている。
もう一つは自殺願望であり、これには行動に移す理由があるといわれている。自殺願望を持つ人には、明確な動機があり、実行に移りやすく緊急を要するのだ。
今回の事例は“希死念慮”である。すぐ事に及ばないかもしれないが、かといって気にしないでもいられない。
困難さを例えるなら、おとぎ塾前半戦最大最強のボスである。
「死にたい」は本音か?ジョークか?
当事者の心理を読みこもうとするだけでも、なかなか手を焼きそうな事例だ。
事例の詳細
事例の詳細はこうだ。
・Iさん(78歳・男性)独り暮らし。40年前に離婚。過去に会社経営をしていた。現在は生活保護を受けている。
・脊柱管狭窄による痛みに苛まれ、現在杖歩行。
・介護保険のケアプランを立てる際、本人に目標を伺うと「人間を辞めたい」と答える。
・飲酒、繰り返す読書、デイサービスは利用拒否。抗うつ剤を飲んでいるが効果は見られない。
・温和で人当たりが良いのに、対面すると息苦しさを感じる。
参加メンバー
今回も様々なメンバーが集った。開始からあっという間に12人が集合。特筆すべきは以下の御三方。
それぞれの出力
参加メンバーが一人ずつ、経験談や意見を述べていく。
以下のようなことが語られた。
・希死念慮の訴えに対してどのように対処しているか?という疑問に対し、具体的に言語化できるよう「なぜそう思うのですか?」と返すようにしている。
・また、今日一日、明日一日と、超短期・超具体的目標をたてていくことを実践されているとも言っていた。
……そういえば、先日92歳で亡くなったフジコ・ヘミングが世界各地にコンサートの旅に行く予定だったとのこと。生きる輝きには、手の届く目標が必要であると改めて思う。
・「体が動かなくなって、他人に迷惑をかけて、惨めな思いをしてまで生きていたくない」という思いを聞いたことがある。
……誇りと鬱の、相克と融合が垣間見える。人の心は容易に理解できるほど単純ではない。
・若いときに何をしていたかをリサーチすることが大切。
・死にたい(ほど辛い) 死にたい(ほど苦しい) 死にたい(ほど痛い)……カッコの中をゆっくりほどいていきたい。
難しいけど。
……という意見は座談会中の書き込みによるもの。
・病気で動けない、治る見込みがないことへの絶望があるのではないか?一つひとつアイデンティティを奪われていく喪失感が課題だと思う。
……メンバーの心がける対応は、「そんなこと言わないで」と否定せず、リフレージングを行うとのことであった。
・がん末期の方で多量の飲酒をされる方がいた。
……死期の近い方の「死にたい」をどう受け止めたら良いのだろうか?新たな問題意識が生まれる。
・また、家族から疎まれたことから希死念慮を表す場合もあるとの考察もあった。
……虐待との繋がりを示唆していないか?
・言葉かけだけでなく、マッサージを勧めるのはどうだろう?
……体に触れたら、心の声が聞こえるかもしれない。
>伊藤亜紗『手の倫理』を再読したくなった。何かヒントが得られると思う。
……また、訪問看護と清拭が本音を引き出すことがあるという話題から、
>タクティール・ケア を思い出した。今、資格がアップデートされたらしい。
・「辛い、死にたい」だけ伝えてくる場合→具体的に何が辛いかを言ってもらえる関係性を作り上げるのは、難しい。
……人は、自分の気持ちを“ぼんやりと”伝えたいが、これ以上傷つきたくないから、はっきりとは口に出さない。
……より具体的に話してもらうには、どんな援助者なら良いだろうか?
・心身の痛みを数えきれないほど抱え、最終的に辿り着いた境地が「希死念慮」なのかもしれない。
・支援者も独りで抱えるのではなく、訪問する人を増やすことが大切。
……これは影武者を作る&大勢の影武者がチームプレイをするシステムづくりへの示唆であり、例えるならば“サッカー日本代表が全員大空翼”だと思っている。
・希死念慮を持つ当事者には、ポジティブな人との関わりで「世の中まんざらでもないな」と、自己防衛の殻からハッチアウトしてもらうきっかけを作るという意見に、塾長 こじまさんがつけ加える。
「その人にとって、一番話を聞いてくれて、分かってくれるのが、べつに自分一人じゃなくてもいい」
……このアイデアで、援助者も心が軽くなり、支援の道筋が見えてくるように個人的には思うのである。
岩間先生の解説
テキストの著者である岩間先生の解説から抜粋し、解釈を試みる。
・「死にたい」は裏返しのメッセージである。
……女子高生ヒロインが、夕陽を浴びながら「大っ嫌いだよ、バーカ!」ってプレイヤーに言ってくるようなものだ。
さて、この後どんな行動を選ぶ?リアルでは、コマンド待機で時は止まらないし、4択のテキストも出現しない。
・支援の前提づくり→具体的アクション、の二段構えが必要である。
……主人公は当事者。支えるスタッフは肚括って、裏方として全力サポートするのだ!
塾長のまとめ
本テーマは、おとぎ塾前半戦、最大最強の敵、と表現した。それは対応の困難さだけでなく、ケアする者にとって、対象者自らが死を選ぶということほど、失意を感じることはないからである。
……「諦めたらそこで試合終了ですよ」」という安西先生の名言が全スルーされている局面を想像してほしい。「消えて忘れ去られたい」という思いは、美徳ならぬ謙譲の悪徳である。
我々は断言せねばなるまい。信条は十人十色で構わない。が、貴方と私とその他諸々の存在が生み出した縁(えにし)は、二度と戻らないということを。
それぞれの思い
参加者が、会の終わりに向けてそれぞれの思いを述べていく。
・「死にたい理由があるのなら、逆に死にたくない理由もある筈だから、後者を探りゆくことが、専門職の務めなのだと、決意を新たにした」
・「支援者を増やすこと、即ち、単数形を複数形にすることは、ご本人だけでなく、単数形だった支援者にも良いことなのだと改めて思った」
記録者の思い
・自分ごととして「死にたい」と絶望したことは何度もある。そのときに心したのは、舞台を想定すること。
「いじけた主人公を誰が見たいと思う?」と奮い立たせてみるのだ。
・希死念慮というテーマは難しいし、答えは一つではないし、答えに辿りつかないかもしれないし、最悪の結末を迎える可能性も捨てきれない。
それでも、せっかく結んだ縁を守るという“覚悟”を、倫理と名付けたサコッシュに放り込んで、私たちは前に進むのだ。
「希死念慮」の回を記事にするにあたり、投稿日を2024年7月24日とした。謂わゆる“河童忌”。芥川龍之介の命日である。
言葉にするのは難しいのだが、座談会に参加したメンバーの向き合う心が、どこかに届いたら幸いである。
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書いた人
もっちぁん
現場で働きつづける介護福祉士。特別養護老人ホーム勤務(グループリーダー)、他に介護支援専門員と社会福祉士を名乗れる。
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