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なぜヤン・ウェンリーと葛城ミサトはそっくりなのにまるで似ていないのか。
「酒は人類の友だぞ。友人を見捨てられるか」
ヤン・ウェンリー
①葛城ミサトは女性版ヤン・ウェンリー???
しばらくまえに『銀河英雄伝説』のいっぽうの主人公ヤン・ウェンリーは『エヴァンゲリオン』シリーズの葛城ミサトと似ているということで話題になったポストがあったな、と思って調べてみたら、見つかった。これだ。
銀英伝キャラ女性化がまた盛り上がりそうですが、ヤン・ウェンリーを女性化する場合、有能だけど酒呑みで家が汚なくて年下の同居人に家事をすべて任せてるベレー帽の似合う青髪のアラサー女、という最適解が居るのでここに紹介しておきますね pic.twitter.com/B4CdtMw3DQ
— 中島さかえ@喪中 (@sakaetype21) April 10, 2018
じっさい、いわれてみるとなるほど、というくらい共通項がある。
もちろん、単に似ているところだけを取り出して語っているだけではあるわけだけれど、このふたりの両方を知っている人ならちょっと笑ってしまうのではないだろうか。
さらにいうと、もっと面白いのはこれだけ共通項があるにもかかわらず、ふたりのキャラクターはまったく似ていないことだ。
設定的な特徴を見ればヤンとミサトさんは似た部分あるけど実際には全く人間的に似とらんでしょ
— 家事王🔞 (@kajiking1) April 10, 2018
ミサトさんなー、わかるっちゃわかるけど、セクシュアリティーが人格に影響を与えてる率がデカイのがあんまりヤンっぽくないのよな
— ハワコ@ザ戦観劇済 (@hawamoco) April 10, 2018
ヤンとミサトさんじゃ精神的な余裕度が天と地じゃねえかな…
— 小和田@Free Planets (@aks74) April 10, 2018
まあそうだよなと。
それは作品のカラーが違うのであたりまえといえばあたりまえのことなのだが、なぜ、同じような個性を与えられているにもかかわらず、こうも対極的な印象になっているのか、考えてみると興味深い。
以下、その話を掘り下げていこう。
②ヤンとミサトの共通点と相違点
まず、元のポストでヤン・ウェンリーと葛城ミサトはどこが似ているとされているのか、再確認しておこう。
・有能。
・飲酒を好む。
・家が汚れている(つまり生活能力が欠けている)。
・年下の同居人がいて、かれに家事をすべて任せている。
・青(じっさいには黒)の髪にベレー帽。
こうして列挙してみるとたしかに共通点はあるわけだ。
しかし、当然ながら相違点もある。ヤンはミサトにくらべてだいぶ反抗的というか反権威的な性格だし、彼女にくらべるとだいぶ穏やかで人格的に安定している。
逆にいえば、ミサトはヤンと比較したとき、非常に感情的なキャラクターで、ときにはヒステリックにすら感じられるように思う。
能力的なことは比較がむずかしいが、彼女にヤンのような指揮統率の天才がないことはたしかだろう。
ヤン・ウェンリーがなんだかんだといいつつその道のプロフェッショナルであったのに対し、ミサトは有能なアマチュアといった印象がある。
彼女が襲来する〈使徒〉をあいてに立てる作戦の数々は、どうにもめちゃくちゃなものが少なくない(シンジくん、よく頑張ったよね……)。
③「共通点」の持つ意味も違う
また、「年下の同居人」との関係もヤンとミサトでは大きく違っている。
ヤンとユリアンは同性だが、ミサトとシンジは異性同士である。ゆえに、セクシュアルな要素が入り込む隙間がある(「帰ったら続きをしましょう」)。
ユリアンに対してヤンはどこまでも優しく指導的だが、ミサトはシンジに対して虐待的ともいいたいことをしでかすことすらある。
また、ユリアンがヤンを時々からかいながらも心から尊敬しているのに対し、シンジのミサトに対する感情はもっと複雑に入り組んでいる。
こうして「ふたりが違っているポイント」を並べ挙げてみると、両者の個性の違いはあきらかだ。
いや、当然なのだけれどね。まったくべつの作品のべつのキャラクターなんだから。
それは良いのだ。ぼくが面白いと思うのは、ふたりの「共通点」さえもそのパーソナリティのなかでまったく違う意味を持っているように見えることだ。
ミサトとヤンの最大の共通点は、容姿ではなく、能力でもなく、飲酒癖と生活能力の欠如だろう。
ふたりとも「ふだんはだらしないがいざとなると有能」といったキャラクターに分類することができる。
だが、この個性が持つ意味が、それぞれのキャラクターにおいてはっきりと異なっている。
④「愛すべき欠点」と「致命的な欠点」
ヤンの生活能力の欠如は、いわば「愛すべきささやかな欠点」である。
たしかにヤンは良くこの欠点をまわりからからかわれる。しかし、本来、かれのような地位にいる人間は自分で日常生活を管理する必要はないのだから、これは致命的な問題点とはいえない。
ユリアンは一見するとヤンのこの欠点をカバーしているように見えるが、じっさいにはあくまで庇護され、善導されているのはあくまでユリアンのほうである(このことは、ふたりが致命的に別れたあと、あらためて歴然として読者の涙を誘う)。
作中でもいわれていることだが、もし、ヤンが生活能力においても天才であったなら、あまりにも欠点がなさすぎて可愛げがなかったことだろう。
飲酒癖もそうだが、こういった欠点はヤン・ウェンリーをヤン・ウェンリーたらしめるために周到な計算のもとで用意された「美点としての欠点」なのである。
『アルスラーン戦記』における軍師ナルサスの画業などもそうだが、多くの読者はヤンのこの欠点を「しかたないなあ」などと思いながらもほほ笑ましく見つめる。
ヤンは奇矯な性格のように見えてもじっさいには穏やかで安定した人格のもち主だから、安心して見ていられるわけだ。
総じて、ヤンの欠点はかれをより魅力的に見せるためにのみ存在しているように思われる。
⑤トラウマ由来の「致命的な欠点」
それでは、いっぽうのミサトはどうか。
ミサトの飲酒癖や家事能力の低さも、さいしょはごく可愛らしい「愛すべき欠点」であるように見える。
彼女はシンジに家事を任せ、自分はあまり食事も取らずに酒ばかり飲みつづけるように見える。
秀でた美貌と優れた能力に似合わない、コミカルでほほえましい個性。そう思える。
しかし、ミサトの過去があきらかになるにつれて、その欠点は彼女の人生に大きくかかわっていることがわかってくる。
ミサトは十数年前に不仲だった父親を失っており、その過去のためにどこか破滅的で依存的な雰囲気をただよわせていたのだ。
ヤンも家庭的に幸福に育った人物とはいいがたいが、かれはべつだん、その点で深く傷ついているわけではない。
それに対し、ミサトの心はこの過去の経験によって決定的に傷ついてしまっている。
ヤン・ウェンリーと葛城ミサトを分かつ決定的なポイントはまさにここだ。
つまり、ヤンが精神的に無傷であるのに対し、ミサトにはトラウマが設定されているのだ。
表面だけを見るならヤンとミサトの欠点はたしかによく似ている。しかし、それが意味するものは深層において決定的に違っているわけである。
⑥ほんとうにミサトに近いのはヤンよりむしろ――
そのために、ミサトにはヤンのような「大人の雰囲気」がない。
非常に不安定で、危なっかしい印象である。そのため、シンジに対してもしばしば加害的に振る舞う。
もちろんミサトはミサトで魅力的なキャラクターなのだが、ヤンにあるような「成熟した魅力」は欠けているといわなければならない。
いってしまえば、ヤンの欠点は笑い飛ばしてしまえる程度のものだが、ミサトの欠点は洒落にならないのだ。
だから、そう――もし、『銀英伝』のなかに葛城ミサトに近いキャラクターがいるとしたら、それはオスカー・フォン・ロイエンタールなのではないかと思う。
ロイエンタールはもちろん生活破綻者でもなく黒髪にベレー帽でもないわけだが、もっと根本的なところでミサトと共通点がある。生育過程でトラウマを背負っていることである。
かれは母親に殺害されかけた過去を持っており、そのためにその人格には複雑な陰翳がある。そしてその陰翳こそがかれを最終的な破綻へ導いてゆく。
ヤンとミサトの共通点が表面的なものに過ぎないのに対し、ロイエンタールとミサトの共通点は深層のものだ。
こうやって分析してみると、ちょっと面白いものが見えてきますね。
さて、以下では、もっと普遍的な一般論としてヤンとミサトのキャラクターを見てみることとしたい。
それこそヤンの女性版のような「何か愛すべき欠点を背負っていて、そここそが魅力的に思える女性キャラクター」はだれがいるだろう、と考えてみる。
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⑦田中芳樹作品の女性陣の描写
上記ではヤン・ウェンリーと葛城ミサトの良く似ているところと違っているところを見てみた。
それでは、その差をかれらの個人的な差と見るのではなく、「性差(ジェンダー)」によるものであると見るとしたらどうだろう。
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