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スマホにない〝面白い〟はここにある

「これが私の理想の白です」

そう言って見せられたのは、赤青緑、それぞれに色塗られた三体の頭蓋骨だった。

赤の頭蓋骨、青の頭蓋骨、緑の頭蓋骨。

どこをどう見ても白には見えない三体の頭蓋骨を、松田さんは白と言い張る。

ぼくは普段、漫画制作ソフトで漫画を描いていて、デジタル上の色の扱いに精通していたから理解が追いついたものの、そうでなければおそらく全く理解できなかった。


この三色、いわゆるRGBカラーというやつで、光の三原色と言われているものである。

パソコンやスマホなどの、光で色を表現する際に用いられるカラーコードの原色で、この原色三つを重ねると真っ白になるのである。


ふむふむなるほど。面白い。

原理はわかる。が、こと現実世界ではどこをどう見ても赤と青と緑である。


この三色三体の頭蓋骨を理想の白と言い張るのは、千駄ヶ谷にあるテリトリー・ギャラリーのオーナー、松田タダシさん。

頭蓋骨は、彼が十余年前に作った芸術作品であった。

彼はおそらく、一切の汚れがない純白を、この、道端を歩いているだけでも汚れてしまうような穢れだらけの現実世界で表現したかったのであろう。

他にも例えば、現実世界とデジタル世界の接合点を物理的に作りたかったのかもしれないし、「目に見えているものを疑え」といったような皮肉も込められているのかもしれない。

いずれにしても、どう見ても白には見えないそれを白と言い張るそのお姿は、ギャラリーオーナーというよりも芸術家であった。


その日、テリトリー・ギャラリーでは『テリトリ・マーケット』という展示会が開催されており、ぼくはそれに足を運んでいた。

テリトリー・マーケットは、昨年11月に1周年を迎えたテリトリー・ギャラリーが、これまで展示した作家さんの作品を複合的に展示した展示会で、これが兎に角面白いのである。

上記した通り、オーナーの松田タダシさんが面白い感性をお持ちであるのだが、そのことが起因しているのであろう。展示されている作家さんの作品が面白いのである。


その日、ぼくの頭が病みつきになった作品は、ボロボロの冊子だった。

2023年に作られたばかりの新作で、Kazuyuki Yamadaという方の、「PIECES」という新作であった。

中を捲ると、彼の作品であろう写真や絵が載っているのだが、異常なほどに汚れているのである。

紙が皺になっていたり破れていたりすることはもとい、コーヒーか何かをこぼしたのか、茶色い水滴の跡があったり、絵の具が無造作に塗られていたり、写真や絵の内容と関係なくコンパスか何かで縁取った円が書かれていたり、

兎に角、汚れていた。

しかし、冊子自体の紙質はとても丈夫で、そうペラペラと捲れるものでは決してなく、ある程度の重量感があり、手触りもよく、神保町の古本屋にあるような今にも破れそうな紙質とは程遠いその感触はまさに、新品のそれであった。

あえて汚したであろうことは、松田さんからの解説を待たずとも手に取ればわかるようなことだったが、どうやらそういうことらしい。

Kazuyuki Yamadaは、この作品に〝経験〟を持たすべく、全て新品の状態から染めたり、汚したりしていったそうで、この汚す行為は彼にとって、真っ白いキャンバスに絵を描いていく作業と同義なのだそうだ。


通常、絵は描き終えてサインでもしたら完成である。が、

この「PIECES」は違ったのである。


このボロボロの状態から始まるのだと、Kazuyuki Yamadaは語っていたことを、松田さんが解説してくれた。

松田さんは、「時間の概念が覆される」と言っていたが、

ぼくが何より衝撃だったのは、Kazuyuki Yamadaの〝経験〟という表現である。

確かに、汚れていく様と経験を積んでいく様は同義のように感じられる。特に、人間の心はそういうものではないだろうか。一切の汚れがなまま体だけが成長しても、心は然程育くまれまい。一端の人間になるためには、厳しい教育も必要であろう。

「PIECES」は、作品に経験させるために、全て新品の状態から汚していったようである。言葉から読み取るに、真っ白の丈夫な冊子に、自らペタペタと加工を加えていったのではないだろうか。印字や印画、着色も、全て手作業でやったのち、納得のいくところまで汚していったのだろう。手に塩をかけて育てる我が子のように。

親が優秀だと子は大変である。「PIECES」はさぞ立派な作品に育つであろう。

作品も人も、こうして成長していくのだなと、妙に納得させられた作品だった。


このような「面白い」が、テリトリー・マーケットには詰まっている。スマホの中などではなく、千駄ヶ谷の一角、無料で立ち寄れるスペースに、脳汁が垂れるほどの面白いがたくさん詰まっているのである。

定期的に催されているので、また刺激を求めて立ち寄る所存だ。





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