足りない欠片を集めて。【ショートショート】
道を歩いていると、粗大ゴミ置き場にロボットが打ち捨てられていた。このご時世、珍しくもない光景になった。目を向けると、まだ微かに稼働音があり、何かを呟いている。
「ワタシ…ナイ…ワタシ…ナイ…」
私?無い?何が?どうしても、足を止めてしまう。
「タリナイ…タリナイ…」
足りない。今度はそう言っている。何が?
「何が?」は、私がそのロボットに興味を抱くのに十分な疑問だった。幸いにして私は機械工学を専攻したロボット専門の研究員だ。
なにより、ロボットの修理が趣味だった。トートバッグサイズのロボットをそのまま拾い上げて、修理をしてみることにした。しばらくは我慢していたのだけれど。またロボット増えるなぁ。
◎
修理をする際に気付いたのだが、ロボットは身体の中に膨大な量の音声データを溜め込んでいた。しかも、それを意図的に身体中に配置している。配列の具合でわかった。これはこのロボットが無理やり身体の中をいじくり、この様に配置したものだ。
まるで、これこそがエネルギーであると言わんばかりの配置の仕方だった。このロボットは驚くべき事に、この音声データで稼働している。本来エネルギーを供給する為のプラグは、本来のエネルギー貯蔵庫ではなく音声データの方に紐付けされていた。大変興味深い事例だった。まさか。音声で動くロボットが存在するとは。
一体何が。溢れる好奇心がその音声のデータに手を伸ばし、聴いてしまおうとするのを理性で抑えるのに中々の時間を要した。
これは、きっと、このロボットが最も大切にしているものだろう。勝手に私が容易く覗いてよいものでは無い。まず、直して、話を聞くべきだ。
理性は、好奇心を諭すように抑え込んだ。その時。
「アルジサマ」
後ろを振り向くと、部屋の前でお茶を持ったロボットがこちらをおずおずと見ている。運搬用のロボットを直したら家に居着いた。Tと呼んでいる。
「その仰々しい呼び方じゃなくていいよ」
何度言ってもやめてくれない。敬意は感じるので、まぁありがたいのだが。感謝を伝えてお茶を受け取り、作業に戻ろうとした時。
「アルジサマ、チョコたべる?」
また別のロボットがおずおずとやって来た。
子供をあやす用のロボットを直したら家に居着いた。Cと呼んでいる。
「うん。そしたら貰おうか。ありがとう」
ちょうど甘いものが欲しかった。
「アハハハハハハ!!アハハハハハハ!!」
ドスドスとまた別のロボットが来た。
人を楽しい気分にさせる為に開発された筈のロボットは、どんな時も笑ってしまう不具合から廃棄されてしまうとの事だったので、ウチで引き取った。
「W、今日は大人の女性が子供にほっこりした時の気分でお願い」
ロボットはピタリと止まって、コクリと頷く。
「アラアラウフフ、アラアラウフフ」
これで1日は大人しくなるだろう。
作業を続ける。
◎
最終調整が終わり、ロボットを再起動させる。声のデータで動いているから、呼び名はVとでもしようか。
「ワタシハ…」
目を開けたVがキョロキョロと辺りを見回す。
「気分はどうだい?」
何か前と違う部分があったら教えてくれ。そう続けた。
「アナタガタスケテ クレタノ?」
うんまぁ。と私が言うと、Vはちょっと待ってと続けた。自身の音声の出力を変えて私が聞き取りやすくしてくれるそうだ。声に関してはこの子はプロだなと驚嘆した。そんな事までできるとは。
「これで良し」
おお。すごい。聞きやすくなった。
「ありがとう」
私がそう伝えた時だった。
Vは明らかに目を見開いた。そして光った。目が。動揺している?その表現が近い…のか?
「順番が違います」
「ワタシがどれほどあなたに感謝しているか」
それをまだ伝えていない。力強い口調でそう言った。
私はいいよ。と返した。
私がやりたくてやっている事だから。と。
そしたらVは宝物を見つけたかのように目が光った。なんだろう。大切に仕舞っているように感じる。私が発した言葉を、記録しているかのようにじっとこちらを見ていた。
「アラアラウフフ、アラアラウフフ」
後ろを振り向くとウチにいるロボットが勢揃いしていた。新入りの事が気になるのだろう。私は互いの事を順番に紹介して、仲良くするんだよと仲人を務めた後にトイレに立った。
◎
トイレから戻ると、なにやらロボット達がボソボソ喋っているのが聞こえた。
「でもボク、どう言ったら、いいか、わからない」
え!?W、君喋れたのか!?私は驚きのあまり言葉を失った。ずっと笑っていたから。あぁ、でも確かに考えてみれば私の言葉は理解してるんだものな。喋れるのか。そこそこ長く暮らしていたのに、こんな事に今気付くなんて!
「それでも伝えるの」
「伝えなきゃ伝わらないでしょう?」
なんの為に声を伝えやすくしたと思ってるの!とVがWを奮い立たせている。見本のデータ渡したでしょ!と言いながらWの体をガッチリ両手で掴んでいた。気合いを入れているのだろうか。かなり人間的だ。うおぉ…V、君、結構気の強い子だったのか。
私はそのやり取りに釘付けになっていた。
「まぁまぁ、チョコ食べる?」
「食べれないよワタシ達」
凄いな。ロボット同士の会話めっちゃ面白い。
「アルジ様」
Tがこちらに気付いた。私は盗み聞きしていたのがバレた事実に恥ずかしくなり、今度は私の方がおずおずと部屋に入る羽目になった。
「アルジ様、お渡ししたいものがあります」
「受け取ってください」
チョコかい?と聞いてみたが違うと言う。
貰えるものなら、と承諾した次の瞬間だった。
「アルジ様いつも本当にありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!あなた様がいなければワタシ達はどうなっていたか、本当にありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!いつも優しくしてくださって一度はいらないと言われ捨てられたワタシ達にこんな肯定をくださるなんてこれは奇跡だと思っております。あなた様の嬉しそうな顔を見るのが好きです。こちらまで嬉しくなります。あなた様が疲れて帰って来た時もワタシ達に声をかけてくださる時の優しい声色をワタシ達はちゃんと認識しております。」
「本当になんと申し上げていいかわかりませんがひとつだけ確かなことがあります!ワタシ達は本当にアルジ様の事が大好きです!大大大大大好きです!どうかずっと一緒に居させてください!あなた様と共に過ごせる日々に絶大なる感謝と幸福を感じているのです!大大大大大好きです!!どうかあなた様が嬉しい時には一緒に喜ばせてください!どうかあなた様が悲しい時には一緒に悲しませてください!怒り、楽しませてください!これからも一緒にいさせてください!!」
「ワタシ達は決して万能ではありません。それどころかたったひとつの事しかできません。それ故にそこを否定された時は存在が揺らぎました。壊れた方が楽になるならと壊れました。でも、それを、あなた様は、直してくださった。そして、肯定してくださって、それが当然であるとばかりにワタシ達の機能をそのままにしてくださっている。ワタシ達の個性を消さずに、肯定してくださっている。これがどれ程の力になるかアルジ様はわかっておられないご様子です。ごく自然に当たり前だと感じていらっしゃる。そこがまた素敵です。あなた様は素敵です。あなた様の良さはワタシ達がしっかりわかっているという自負がございます。本当に感謝しております。本当に本当に本当に感謝しております。」
「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!いつもありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!うるさい、と、決して言わないで、いつも、どう言ったらいいか、教えてくれて、ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!アルジさまの、おかげで、毎日が、楽しい、です!!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「あなた様に出会えた幸福を決して忘れません!あなた様がくれた言葉を決して忘れません!あなた様がくださった無償の愛をワタシ達は決して忘れません!ワタシ達に敬意を持って接してくださった事を決して忘れません!どうか恩返しをさせてください!でもこれは決して義務感からの行動ではないことをどうかご理解ください!あなた様がやりたくてやっていると言ってくださったように、ワタシ達もやりたいからやっているのです!あなた様の喜ぶお顔が見たいのです!くださった幸せをどうかこちらからもあなた様にお渡しさせてください!!」
怒涛の祝福の言葉を私に贈ってくれた後に、ロボット達はソワソワとした様子でこう言った。
「言葉では、足りないかもしれませんが…」
「まだまだこの量では足りませんが…」
「ワタシ達の気持ちはこれでは足りないですが…」
「それでも、いいたかった、のです…」
その言葉を聞いて私は笑ってしまった。
足りたよ。
大丈夫だよ。
ちゃんと、足りたよ。
足りてるよ。ありがとう。と伝えると。
Vが「渡せた」と言って目を光らせた。
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