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罪の声


クリスマスツリーのオーナメントを探そうと、何年も開けなかった天袋に、古い帽子の箱を見つけた。
懐かしい小物と一緒にでてきたのは黒い手帳とカセットテープ。
曽根俊也はその音声を聞いて驚愕する。
楽しそうにはしゃぐ幼い自分の声に混じって唐突に流れてきたのは、35年前世間を騒がせた『ギン萬事件』の脅迫音声だった。
それが自分の声だと確信した俊也はある行動に出るのだった。

映画『罪の声』



グリコ森永事件をモチーフに書き下ろされた原作『罪の声』は前代未聞の未解決事件の脅迫音声につかわれた声の主たちが、その後どんな人生を送っているのかに焦点をあてている。

作者の塩田武士氏は大学時代に事件の関係書籍を読み、自分と同年代の声の主に関心をもったと言う。
その後、新聞記者をしながらも事件を元にした小説を書こうと関係記事や映像、書籍を全て網羅し犯行の経緯を研究したそうだ。
物語はふたりの登場人物のそれぞれの視点から語られるが、塩田氏の記者時代の経験がリアリティーと厚みを持って迫ってきて彼の思い入れの強さを感じる作品だ。


あらすじ

1984年3月。ギンガ食品の社長誘拐から始まった『ギン萬事件』はその後合計7社の企業を脅迫し、青酸入り菓子をばらまき、警察を翻弄させた挙げ句、犯人は誰ひとりとして検挙されることなく未解決で時効をむかえた。
脅迫音声には3人の子供の声が使われていた。
そのうちもっとも幼なかったのが曽根俊也(星野源)だった。
彼は偶然見つけた父の形見の品の中に黒い手帳とカセットテープを発見する。
テープには確かに自分の声を不自然につなぎ合わせた脅迫音声が録音されていた。
驚愕すると共に浮かびあがる疑問。
「なぜ?父がこれを残したのか」
父は事件に関わっていたのかもしれない。
幼い頃から大好きで、尊敬してきた父はビジネススーツをオーダーメイドで仕上げる職人だった。
俊也も父の跡を継ぎ京都で『テーラー曽根』を経営している。
仕事には実直で厳しく、妥協を許さない父がそんな事件に関わっていたとは考えられない。
俊也は真実を探ることを決意する。

無自覚に背負った罪とは言え、俊也自身も被害者と言えた。
しかし、真実を解きあかしてゆくうちに俊也は後悔し始める。知れば知るほど見えない敵にじわじわと追い込まれて行く恐怖。
自分と同じように声を使われた人物は今も生存しているのか?
彼らも同じ恐怖を感じていたのではないか、もうそっとして置いてくれと願っているのではないかと自分の行動に疑問を持ち始める。


一方、偶然にも同じ時期に特別企画記事を任せられた新聞記者、阿久津英士(小栗旬)は古巣の社会部からの呼び出しに辟易しつつも、35年前のギン萬事件を追っていた。
入社当時、知られざる社会の暗部に光をあてることができるメディアの力に理想を抱きつつも、昼夜問わずの激務に押し潰され、社会部から身を引いた阿久津は、今さら35年も前の事件を掘り返すことに疑問を感じていた。だが、事件の脅迫音声の主が自分と同世代であることに気づいた時、強い義務感を覚えるのだった。




映画の構成の秀逸さ


冒頭のシーンは原作とは違う描写の映画のはじまりの部分。
クリスマスという、一年で最も「家族の幸せ」を象徴するその日にそれを見つけるという皮肉。
この物語は家族のあり方、親子の絆をテーマしていると思う。

菓子メーカーをターゲットにした凶悪事件は、「食べたら死ぬで」と子供を危険に晒し、子を持つ親の神経を逆撫でする。
危機に直面した時、親が取る行動が子供の明暗を分ける。
そこにこの物語の問いかけがある。

子どもは親を選べない。
親の人生が大きく立ちはだかり、そこからぬけだすのは容易ではない。

脅迫音声に使われたあとのふたりは、そんな境遇に翻弄された姉弟だった。
未来の夢を捨てず、脱出を試みた少女の無念さ。それを目の当たりにしてしまう弟の無力さ。
目を覆いたくなるようなシーンだが、これがこの事件の非情な部分であると突きつけてくる。

そして、その親世代も自身の人生の根幹に親の影を引きずって生きているのだ。
主犯と思われた人物には、親を無念な死に追いやった社会や警察への復讐心が燻り続けていたのだ。

「親から子へ、子から孫へ…」
と言う言葉には悪いことも良いことも全てを含むのだ。


 

記憶に刻むべき出来事

35年という年月が登場人物達の時系列を表し、幼子だった俊也が当時の自分と同じ歳の娘を持つ現実。

事件を追う阿久津が、テープの声の主と自分を重ねることで忘れかけていた正義を取り戻し、真の犯人の人生を垣間見る瞬間。

事件の影には、昭和という高度成長時代の日本の歪みが残した傷痕があった。

実際に起こった『グリコ森永事件』の犯人が何を目的にしていたのかは今となっては謎のままだが、手を染めるに至ったそれぞれの理由は確かにあったはずだ。
人がいる限り事件は起きる。
それは決して風化してはいけないことなのかもしれない。


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