『若冲』読み比べ
ライジング若冲をみてから、彼の生きざまをしりたいと何冊かの本を読んでみた。
ひとつは考察で、作品に纏わる史実を時系列で追いながら、当時の若冲の作品への思い入れを紐解いている。
他の2冊はフィクションで、類い稀なる構図と色彩が生まれたいきさつを各々の感性で紡がれている。
「若冲」
澤田瞳子著
文春文庫
生涯未婚という若冲の通説をひるがえし、若くして自ら命をたった女房とその弟からの激しい憎悪に抗う中で生まれたのがあの美しい絵画だととく。
他の画人が「見るものの目を楽しませるために描く」のにたいして、若冲は「描くことで己の苦しみをのべつまくなしに垂れ流す」
それは作品の裏側に人の愛憎、嫉妬、悔恨をつめこんだ失意の塊だったのだ。
「歴史小説とは史実の隙間を埋めて、主人公の人生をつむぎあげるもの」と巻末の解説で上田秀人氏がのべているが、ここにかかれた若冲は生きづらさにもがき、描くことでその苦しみを昇華させようとした独りの男であった。
確執のあった母の死を目の当たりにした彼が描いたのは「果蔬涅槃図」
大根を仏(母)に見立て沙羅双樹を玉蜀黍で表し大小の蕪は、自分と弟の姿を投影したとある。
商いが青物問屋であったことや、誰よりも青菜の詳細をしり尽くした若冲だからこそ描けた物。
作中では自らの背負うべき姿を叩きつけたとある
「遊戯神通 伊藤若冲」
河原和香著
小学館
若冲没後、約百年を経た明治37年、セントルイス万博に出現した「若冲の間」織物で再現された「紫陽花双鶏図」
世界にその名をとどろかせることになった仕掛け人は誰なのか?
若冲の末裔という芸者玉菜と琳派の図案家神坂は、玉菜の祖母極子刀自から「絵師 伊藤若冲」の生きざまを聴く。
そこには心の中の「奇」を描かずにはいられなかった男と、その孤独をみとめながらもそっと寄り添わずにはいられなかった女の存在があった…。
「千載具眼の徒を竢つ」と名言を残した通り百年後、万博での注目で世界中にその名を馳せることになる。
「若冲伝」
佐藤康宏著
河出書房
こちらは小説ではなく、生い立ちから画家としての道を突き進んで行く若冲の紆余曲折を、考察を交えながらの伝記である。
日本美術をしり尽くした東京大学名誉教授の佐藤氏が、いかに若冲に魅せられているかが、ずっしりと伝わってくる。
一番興味深かったのは「動植綵絵」として描かれた「老松白鳳図」の考察。
雄の鳳凰を白一色に描き、羽先を赤と緑に配色している点について
「雄と雌との両性具有を表す」とし、その表情にエロティシズムを感じさせるとある。
雄でありながら美しさと妖艶さをもつ鳳凰は若冲が無意識のなかに自らがそうありたい願望なのではないか。
彼がホモセクシャルだったという説がでるのもうなずける。
そして対となるものとして描かれた「盧贋図」は白い鳳凰とは対照的な黒い贋が、冷たい湖に墜落してゆく様がまるで死を予感させる。
ドラマ、「ライジング若冲」の終盤で長い修行から戻った大典に「白鳳はわたしで贋はあんたや」と言ったシーンがあるが、修行に疲れた贋を白鳳が受け止めるという図になるのだろうか。
ここにはふたりにだけ通じる無言の意味があったのかもしれない。