マガジンのカバー画像

いのちの削ぎ落とし

46
短編、掌編小説など。
運営しているクリエイター

2019年5月の記事一覧

掌編「しんしんと雪が降る」

掌編「しんしんと雪が降る」

 九州からはるばる、私の住む南東北の街で暮らしはじめた友人の女性から聞いた話をもとに書いてみました。
 季節はずれですが、急に暑くなったこの時期に少しでも涼を感じられたら幸いです。

 ―――――――

 雪って、しんしんと降るんだって。

 はじめてそのことを聞いたのは、彼女が幼稚園の時。大好きだったちづるせんせいからだった。

 しんしんと降る雪って、どんななんだろう。

 彼女はそれから、し

もっとみる

小説 「街をこぐ」

 ふたりの車いすが、寄り添っている。

 今日も、並んで街をこいでいた。歩道がせまいときは咲希(さき)が直幸(なおゆき)の後ろに電車ごっこのようにぴたりとついていく。はみ出て進路のじゃまになる自転車は、そしらぬ顔でたおしながら。

 路地裏に、照れくさそうにドアを開けている小さな古着屋を咲希が見つけた。乗っている車いすにブレーキをかけた。店の前に飾られたTシャツに、子犬をなでるようにふれた。

もっとみる
小説「冬の部屋」

小説「冬の部屋」

「今日、誕生日なんですね」
 CT検査をおえて身支度をととのえていると、男性技師がカルテをみながら言った。
 おれはCT室の壁にさげられたカレンダーに目をやった。日付の下に製薬会社のロゴだけが書かれた、愛想のないものだ。今日の日付は十二月二十七日、たしかに誕生日だ。
「しかも記念すべき三十歳の誕生日ですね。先輩として歓迎しますよ」
 技師はいたずらっぽく言った。浅黒い肌に白い歯を持った健康の見本の

もっとみる