等伯を書くために、実在した人間をモデルにするアイデア………ー③
「長谷川等伯」を書くにあたって、「彼に関する古文書、文献がほとんど残っていない」と、「等伯」で直木賞を受賞した安部龍太郎が、とあるサイトの文章で述懐していた。
どうしたら、人物像をイメージすることができるのだろうかと、悩んだ。安部龍太郎が言うように、
「彼の描いた絵から、虚心坦懐に彼の人物像を思い描くしかない」
のかと。そう悩む日々がここしばらく続いていた。
ふと、今朝、早朝に目が覚めた。長谷川等伯のモデルとして、ある人物に思いが至った。
そうだ。実在の人物で長谷川等伯に相応しい、いいモデルがいるじゃないか。私のすぐ側に……、彼と同じ様な運命を辿った人がいたじゃないか。そう、そう、私の義父。まさにモデルに足り得る人物。しかも人相風体が、彼を長谷川等伯に置き換えても納得のいく人物。イケメンで身長も高く。しかも、『蒔絵では自分の情念を描き出すことはできない!』と、自分の絵のために家族を捨てた経験もある男。これ以上のモデルは考えつかない。
北陸三県に生まれ、子供の頃は近くの野山を絵を描くために歩き回って育った。長じて、岡倉天心が校長だった東京美術学校の日本画科を卒業した。その後、能登の輪島で、漆器の蒔絵師をしながら家族を持ち、養っていた。しかし、「自分の情念は、これでは表現できない」と仕事も家族も故郷も捨てて、絵の修行のために単身上京して、生活を始めた。
長身の好男子。性格は穏やかだけど、自分の絵のために家族をも捨ててしまう『絵』への恐ろしいまでの情熱。これ以上のモデルは、今のところ私には思いつかない。
時代小説家の葉室麟の言葉を思い出す。
「この作品は、俺が書かなければ誰が書く。俺しかいない。そう思わなければ長編を書き上げることはできない!」
と述懐していたのを思い出した。書くしかない。前途多難だろうけど。
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