鍵盤楽器音楽の歴史(43)アルマンド
アルマンド Allemande はフランス語でドイツを意味し、当然ながらドイツに由来する舞曲だと考えられています。イタリアでは Bal todescho あるいは Tedesco など、これもドイツを意味する言葉です。ではドイツではなんと呼ばれていたのか、となるとよく分かっておらず、Teutschertanz(ドイツの踊り)という名称もありますが、これはどうも逆輸入した風があります。おそらくアルマンドはドイツ流のバス・ダンスに起源を持つものと考えられています。
Master MZ 《The Grand Ball》1500.
アルマンドの楽譜資料はパヴァーヌに少々遅れて16世紀中頃からフランドルやフランスに現れます。初期のアルマンドは2拍子の中庸な速さの舞曲で、しばしばその後に同じ素材を使用した3拍子の速い舞曲が続きます。
Adrian Le Roy《Almande La mon Amy la》Premier livre de tabulature de guiterre, 1551.
アルマンドの踊りの振り付けについてはフランスのトワノ・アルボーの舞踏指南書『オルケゾグラフィ Orchésographie』(1589) に解説されています。これによると、アルマンドは男女がペアになって手を組み、3歩進んだ後に4拍目で片足を上げる (Grève) という動きを繰り返した後、1歩おきに足を上げる動きが続きます。曲が終わって休止した後、第2部としてもう一度同じように踊り、さらに第3部ではより軽快な動きで「クーラントのように」跳ね回る動きが加わります。
L’allemande est vne dance plaine de mediocre gravite, familiere aux Allemads.
アルマンドはほどよい落ち着きをもった素朴な踊りで、ドイツ人に親しまれている。
16世紀のイングランドでもアルマンド (Alman) は愛好され、『フィッツウィリアム・ヴァージナルブック』にはパヴァーヌに劣らぬ数のアルマンドが収録されています。
ウィリアム・バード (c.1539/40-1623) の《The Queenes Alman》は以前触れたように「モニカ」の旋律に基づいています(あるいはモニカは元々ドイツの舞曲なのかもしれません)。曲の前半後半が各々リプレーザ(装飾変奏)によって繰り返され、それが3番まであります。
バードのアルマンドはもはや素朴とはいえない手の混んだ作品ですが、アルボーの振り付けでちゃんと踊ることが可能です。
しかし17世紀初頭のフランスのリュート奏者たちは内省的な美を追求し、アルマンドを疑似対位法が蜘蛛の巣のように張り巡らされた複雑で荘重な音楽へと変貌させました。
このルネ・メッサンジョー (fl. 1567-1638) のアルマンドは、もはや踊るための曲とは思われません。
René Mesangeau《Allemande》Pierre Ballard, Tablature de luth de differens auteurs, 1631.
このようなリュートのためのアルマンドは古典組曲の第1曲として不動の地位を確立し、シャンボニエールやフローベルガーによって鍵盤の上に移され、後期バロックにまで受け継がれていきます。
ジョゼフ=ニコラ=パンクラス・ロワイエ (1703-1755) の壮絶なアルマンドは、その伝統の最期の徒花というべきものです。これにかつての「素朴な踊り」の面影を窺うことは困難でしょう。
Joseph-Nicolas-Pancrace Royer《Allemande》Premier livre de pièces de clavecin, 1746.
しかし、踊れないアルマンドが作られるようになったからと言って、舞曲としてのアルマンドがすぐに衰退したわけではありません。
1702年のルイ・ペクール (1653-1729) によるアルマンドの振り付けは、やはり男女がペアで踊るダンスですが、アルボーの簡素な振り付けに比べると大変に長く複雑なものです。
曲はアンドレ・カンプラ (1660-1744) のバレ《リュリ氏の断片 Fragments de Monsieur de Lully》(1702) のもので、2/2拍子の陽気で単純な昔ながらのアルマンドです。管弦楽の分野では18世紀になってもこのような踊るためのアルマンドが残っていました。
18世紀後半には新しいタイプのアルマンドが登場します。これは男女のペアが回転しながら手の組み方を様々に変えていくというもので、これに対し古いアルマンドは《フランスのアルマンド Allemande François》などと呼ばれるようになります。
シモン・ギョーム『アルマンドのポジションと体形』(c.1769) では様々な手の組み方が挿絵とともに説明されています。
18世紀後半の新しいアルマンドの音楽は3拍子の曲になっていきます。シャルル・クレマンの《王太子妃風アルマンド Allemande à la Dauphine》(1771) の曲は6/8拍子で書かれています。
モーツァルトの《Deutsche Tänze》K.571や、ベートーヴェンの《Allemande》WoO 81 などもやはり3拍子です。カール・マリア・フォン・ウェーバー (1786-1826) の《12のアルマンド》 op.4 (1801) ともなると、もはやこれはワルツと呼ぶのがふさわしいでしょう。
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