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『カルミナ・ブラーナ』の運命の女神について

ミュンヘンのバイエルン州立図書館所蔵の『カルミナ・ブラーナ』(Carmina Burana, Clm 4660) の原本の冒頭には「運命の輪」の挿絵があり、頁の下の方にはカール・オルフの例の曲で有名な《O Fortuna velut luna》の詩が見えます。

しかし実は、この《O Fortuna velut luna》は後に余白に書かれたもので、この頁の本来のコンテンツは、その上にネウマ譜付きで載っている《Fas et nefas ambulant》の方なのです。

Clm 4660, f. 1

Fas et nefas ambulant
pene passu pari;

正義と不義は
足並み揃い

prodigus non redimit
vitium avari;

放蕩は贖わず
吝嗇の悪徳を

virtus temperantia
quadam singulari
debet medium

節制の美徳に
至らんとすれば
その中央にあるべし

ad utrumque vitium
caute contemplari.

二つの悪徳から
目を離すことなかれ

Grove, "Notation, III. History of Western notation"

では何故ここに「運命」の挿絵があるかといえば、現在の写本の頁順は後にに改編されたもので、元々この頁は第48葉裏の《O Fortuna levis》の次に位置していたのです。おそらく見栄えのする絵のために冒頭に移されたのでしょう。

Clm 4660, f. 48v

O Fortuna levis cui vis das munera que vis,
Et cui vis que vis auferet hora brevis.

おお、軽佻なるフォルトゥナよ、お前は望むまま与え
望むまま直ちに奪う

Passibus ambiguis Fortuna volubilis errat
Et manet in nullo certa tenaxque loco;

フォルトゥナの足取りはおぼつかず、さまよい
一所に留まらず

Dat Fortuna bonum, sed non durabile donum;
Attollit pronum, faciens de rege colonum.

フォルトゥナの賜物は良けれど、長くは持たず
倒れたるを起こし、王を農夫とす

Quos vult Sors ditat, quos non vult, sub pede tritat.

運命が望めば富み、望まずば踏みにじられん

Sed modo leta manet, modo vultus sumit acerbos,
Et tantum constans in levitate manet.

笑顔を見せ、また渋面を作り
軽佻の他に確かなるは無し

Qui petit alta nimis, retro lapsus ponitur imis.

高望みする者は奈落に突き落とされん

その下には、やはり追記された《Fortunae plango vulnera》があります。内容は挿絵によく対応しています。

Fortunae plango vulnera
stillantibus ocellis,
quod sua mihi munera
subtrahit rebellis.
verum est, quod legitur
fronte capillata,
sed plerumque sequitur
Occasio calvata.

フォルトゥナに打たれ傷つき
目は涙溢れる
彼女からの賜物が
逆に奪われたるに
かく云うは真実なり
好機に前髪ありと
しかれどいつも追うは
後ろの禿げ頭

In Fortunae solio
sederam elatus,
prosperitatis vario
flore coronatus;
quicquid enim florui
felix et beatus
nunc a summo corrui
gloria privatus.

フォルトゥナの玉座に
高く座し
栄えある色々の
花で冠を戴く
まさに花咲くが如く
豊かに栄えたるも
今や堕ちて
栄光は奪われたり

Fortunae rota volvitur;
descendo minoratus;
alter in altum tollitur;
nimis exaltatus
rex sedet in vertice
caveat ruinam
nam sub axe legimus
Hecubam reginam.

フォルトゥナの車は回る
此方は下がり、沈められ
他方は上がり
高められん
王は座します、頂きに
破滅せぬよう、ご注意あれ
車軸の下に見えるは
女王へカベ

ということは、車輪の下敷きになってる人はトロイアの女王ヘカベでしょうか?

でもこれは多分挿絵が先にあって、それを見ながら作った戯れ歌ではないかと思います。

また、この車輪の中の人物は、一般に運命の女神フォルトゥナであると見られていますが、顔がおっさん臭い、ポーズがフリードリヒ2世の皇帝印にそっくり、などの理由から、そもそも女性であることを疑問視する向きもあります。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Posse_Band_1_b_0063.jpg

でも、まあ、これは確かに運命の女神で間違いないでしょう。この図は12世紀に流行した運命の輪を回し王の興亡を支配するフォルトゥナ像に倣ったものと思われます。なお『カルミナ・ブラーナ』は1230年頃の成立と見られています。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Wheel-of-fortune-12th-century-rylands-lat-ms83.jpg

『カルミナ・ブラーナ』は1803年にミュンヘン南郊のベネディクトボイエルン修道院で発見され、それから40年以上経った1847年にヨハン・アンドレアス・シュメラーによってようやく刊行されました。

その冒頭を飾る運命の女神は美しく威厳に満ち、その下には女神に畏怖するように《O Fortuna velut luna》の悲壮な詩句が綴られています。

オルフに霊感を与えたのは正しくシュメラー版のこの頁であって、これが他のものであったなら、かの名曲は生まれ得なかったことでしょう。

O Fortuna,
velut luna
statu variabilis,
semper crescis
aut decrescis;
vita detestabilis
nunc obdurat
et tunc curat
ludo mentis aciem,
egestatem,
potestatem
dissolvit ut glaciem.

おお、フォルトゥナ
月の如く
変容し
絶えず満ち
欠ける
厭わしき生
無慈悲にして
慈悲深く
戯れに
貧窮も
権勢も
氷と溶かす

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

運命は恐ろしく
虚しく
回る車輪
様悪しく
救いなく
脆く
影に潜み
姿隠し
我にも寄れば
戯れにて
我が身は裸
汝に盗られ

Sors salutis
et virtutis
michi nunc contraria,
est affectus
et defectus
semper in angaria.
hac in hora
sine mora
corde pulsum tangite;
quod per sortem
sternit fortem,
mecum omnes plangite

救済と
美徳の運命は
今や我に背き
情熱も
失意も
常に儘ならぬ
今ここで
ためらわず
弦を弾き鳴らせ
運命は
強者とて打ち砕くと
皆我と共に嘆け

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