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鯛焼き 〜「ひとくちの甘能」酒井順子
皆さんの鯛焼きについてのこだわりポイントは、一体どんなところでしょうか。人それぞれ違うとは思いますが、酒井順子さんが「ひとくちの甘能」の中で述べているのは、「鯛焼きの尻尾の先まであんこがきっちり入っているかどうか」ということだそうです。中央部分にしかあんこが入っておらず、頭の部分と尻尾の部分はスカスカ。そんな鯛焼きが結構多いので、あんこがみっちり入っているとそれだけで僥倖なのだそうな。
さて、鯛焼きに関しての私のこだわりは、中身のトッピング(トッピングという言葉がこの場合正しいのかどうかは疑わしいのですが)です。
今でこそ鯛焼きの中身は、小倉あんだけではないのは当たり前のことですが、私が中学生の頃は、まだ鯛焼きの中身はあんこしかなかったのです。
それが中学三年から高校に上がる頃には、中身のバリエーションにカスタードクリームが登場しました。昔から甘いものが大好きで、どちらかという洋菓子が好きで、もちろんカスタードクリームが入っている洋菓子もたくさん食べてきた私ですが、鯛焼き=和菓子だという固定観念があった私にとって、鯛焼きの中身が洋菓子で幅を利かせているカスタードクリームであるという現実が登場した時、正直衝撃、いやむしろいささかの拒否反応がありました。
最寄り駅から5駅先の女子校に通っていた私。駅前に鯛焼きを売っている移動車が必ずある曜日になると停まっていて、部活帰りやこれから塾で小腹を満たしたい時、友だちとちょっとおしゃべりしてから帰りたい時に、この移動車はとても魅力的で、買い食いは校則で禁止されていたのですが、よくこっそり友だちと買って食べたのはいい思い出です。
その頃よく一緒に帰っていた友だちのうちの一人は、新しいもの好きで、カスタードクリームの鯛焼きが出た時も、すぐにチャレンジしていました。「美味しいの?」と私が聞いたら、いつも「ちょっと食べる?」と差し出してくれたけれど、私はなかなか食べませんでした。頑固にあんこの鯛焼きを食べていたのです。
今考えると、どうしてそんなに抵抗があったのか、我ながら全く理解できませんが、おそらく半年以上はカスタードクリームの鯛焼きを食べませんでした。食べるきっかけは、本当にひょんなことで、単にお店の人が注文を間違えて、私にもカスタードクリームの鯛焼きを渡してきたことでした。
別に絶対食べられないわけではないし、捨てる羽目になるのももったいなくて注文が間違っていてもなかなか指摘できない性格の私なので、とりあえず少しだけ囓ってみたら、なんとも不思議なマイルド感のある甘さが口に広がったのです。それは、あんこよりも柔らかさのある、それでいて濃厚で、新しい感覚でした。鯛焼きにカスタードクリームを挟むことを最初に思いついた人は、天才だ!と手放しで友だち相手に褒めまくったのを覚えています。
今の鯛焼きのトッピングには、他にも色々あります。チョコレートもありますし、ストロベリーもあり、おそらく無数にバージョンは増えていると思います。
この鯛焼きトッピング事件は、私に、固定概念を捨てることで広がる可能性の大きさを教えてくれました。甘いもの一つとっても、固定概念に捕らわれていると、こんな新しい美味しさを味わえないわけです。それは自分の人生、損をしているということです。
自分がどれだけ自分の人生を豊かにできるか。それは、自分がどれだけ柔軟な考え方をできるか、色々な多様性を受け入れるだけの余裕を持てるか、新しいことを知ろうとできるか。そういう姿勢にかかっていると言えそうだ。
そんなことを教えてくれた鯛焼きトッピングパラダイムシフト事件は、今も一つの教訓として私の中に根付いている青春の一コマです。