見出し画像

環境汚染から地球を救うかもしれない小さなヒーロー・イワムシとは?

「飼育し始めてすぐは結構警戒心が強くて、人の気配があるとすっと隠れたのですけど、慣れてくると構わずに出てきます。乾燥ワカメ、あげてみますか?」と見せてくださったのは、研究対象にしている生物・イワムシでした。

ワカメを食べるイワムシ

今回のかがやくサイエンスは、東邦大学理学部 生命圏環境科学科 環境分析化学研究室の齋藤 敦子先生をゲストにお迎えしました。齋藤先生は、干潟に住む細長い生物・イワムシを調べています。イワムシは、干潟の底に含まれる高濃度の環境汚染物質を取り込み、常識をくつがえす速さで分解も行っていることを発見したそうです。

その生態自体もまだまだ謎が多いイワムシのこと、先生ご自身のキャリアのことなどをカジュアルにお話してくださって、世界が広がる感覚がありました。


環境分析化学研究室のメンバーで養老川サンプリング

イワムシの環境浄化システムを研究で解き明かす

ーー前日も干潟に行ってこられたんですね。はじめに、齋藤先生が研究しているイワムシのことを教えていただけますか。

齋藤:イワムシは、東京湾沿岸の干潟に住む、環形動物という細長い生物です。干潟の底には環境汚染物質の一つである多環芳香族炭化水素(PAHs)がたまっているのですが、イワムシが食べて排出した糞中では、PAHsが10倍~100倍に濃縮されるということを発見しました。

ーーすごい濃縮率ですね。それはどういう仕組みなのですか?

齋藤:それがよく分かっていないのです。イワムシは雑食でワカメでもアサリでも食べるのですが、干潟の底の環境汚染物質の泥を食べるメリットも分かっていません。少なくとも、メインの栄養源にはなっていないようです。

さらにすごいことに、イワムシの糞中で濃縮されたPAHsは、濃度が2時間ほどで半減する現象がみられています。通常は1か月とか、それ以上の期間がかかるものなので、非常に高速です。これもなぜかは分かっていませんが、研究でどういう仕組みなのかを調べています。将来は、明らかにした仕組みを応用して、環境浄化のシステムを開発できればと考えています。

ーーまだまだ分からないことだらけのイワムシが、どうやって汚染物質を濃縮・分解しているのか明らかになれば、環境問題のひとつを解消できるかもしれないですね。

齋藤:はい、このPAHsという環境汚染物質は、化石燃料を燃やすときなどに排出されるものです。一部には発がん性があり、生態系への影響も危惧されています。イワムシの分析をして、研究がそういう問題の解決に役立てばいいですね。

たまたま見つけた糞との出会いでイワムシを研究

ーーそもそも、先生はどうしてイワムシを研究対象にしたのですか。私もそうでしたが、存在自体を知らない人も多い生物ではと思うのですが。

齋藤:私は2005年に東邦大学に着任したのですが、当初は何を研究するのかまったく決まっていませんでした。以前から行っていた研究の他に、一から自分の研究を立ち上げる必要がありました。

私は東邦大学出身で、恩師の先生が先ほどお話したPAHsの発がん性を計算化学の手法で調べる研究をされていました。私は、環境分析の研究をすることになっていたので、分析装置を購入し環境中のPAHsの濃度を調べてみることにしました。

ーーそうだったのですね。

齋藤:学内には干潟生物の研究をされている先生がおり、「サンプリングに行くので一緒に来ませんか」と言われご一緒させていただきました。装置を買ったので、分析する対象を用意しなければいけませんから。


イワムシを採取する養老川河口干潟

養老川の干潟に行ったのはその時が初めてだったのですが、歩いていたら、底質からツブツブしたものが湧き出てきたんですね。「これは何ですか」と尋ねたら、環形動物の糞だというんです。すごくキラキラ輝いて見えて、面白いと思ったのです。

ーーそこで「面白い」と思うのですね…!

齋藤:そうですね(笑)。在籍していた博士課程の1年生が、採取してきた糞を分析したところ、周辺の泥よりもPAHs濃度が高いという結果が出たんです。泥と一緒に体内に取り込まれると、代謝で分解されて、濃度は低くなるだろうと私達は考えていました。それとは逆の結果が出たので、驚きました。何か間違えたのかと何回も分析をし直しましたが、やはり濃度は高いのです。じゃあこの現象はどういうことなんだろうと、イワムシの研究が始まりました

ーーたまたま見つけた糞との出会いが、研究のきっかけになったのですね。

齋藤:本当にそうですね。以来、ずっと研究しています。

ーーエピソードが興味深くて、大学の先生方がどうやって今の研究テーマにたどり着いたのか、きっかけを聞いてみたくなります。

サンプリング中のようす


データを繋ぎ合わせると見える世界が変わってくる環境分析化学の世界

ーー齋藤先生が専門としている「環境分析化学」についても教えてください。

齋藤:分析機器を用いて正しい結果を測定して、それをもとに解釈していきます。この研究室ではガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)などを使って、イワムシ自体や糞の成分を調べています。30メートルから60メートルある細長い管・カラムの中を調べるものが通過していくうちに成分ごとに分離されていく仕組みです。

ーー正しい結果を得るには、細かい作業が必要そうです。

齋藤:そうですね。ひとつずつの工程が丁寧にきちんとできないといけないですし、出てくる膨大なデータを処理する必要があります。私はどちらかというと大雑把なので分析に向くタイプではないかもしれないけれど、ここ!という場面ではものすごい集中力で向き合います。正しい結果を得るためには、正しい測定が必要なので、実験中は正しく操作できているかをいつも意識しています。

分析試料の前処理のようす

ーー細やかさが必要で大変そうな研究ですが、先生が分析を続けているのはどうしてですか。

齋藤:分析って、一見すると誰でも同じような結果を得て同じところにたどり着くように思うけれど、結果をよく見て、断片的なデータを積み重ねて繋ぎ合わせていくと、ひとつずつのデータでは分からなかったようなことが見えてくるんですね。

期待通りでない結果であっても、そこにはやっぱり何かしらの深い意味があって、どういうことなんだろうと調べていたものが明らかになる瞬間があるんです。それは楽しいですね。見える景色が変わってきて、どんどん視野が広がっていくような感覚があります。

研究を進めて行くと、分からないことは世の中にずいぶんあることに気が付きます。それがだんだん分かってくるのが、分析化学の研究の面白さの一つですね。


研究室で飼育しているイワムシの水槽



東邦大学のプロジェクト・かがやくサイエンスでは、中高生にもっと理系分野に関心をもって様々なことにチャレンジしてほしい!と様々な発信をしています。noteや他SNSをフォローして、次の情報をお待ちください!


▼齋藤 敦子先生の環境分析化学研究室をもっと知りたい方はこちら!


▼東邦大学の他の先生たちに聞いた記事もぜひ♪


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集