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退学届を取りに来た生徒の話

いつもは滅多に休日出勤しませんが、その日はたまたま、仕事が溜まっていて出勤していました。しかもその日は大きな職員室にいたのが珍しく私ひとり。時間は2時ごろだったでしょうか。すると、授業で教えている男子生徒が職員室の扉をガラッと開けて大きな声で、

「失礼します。退学届を取りに来ました!!」

と言ったのです。

え?遅刻届とか入部届とかじゃなくて、退学届?」「そんな軽い感じで取りに来るものじゃないんですけど、何かのジョーク?」と思いながら対応してみると生徒本人は大真面目。廊下にある机と椅子に座って話を聞くと、内容はこうでした。

自分の成績が悪くて、両親が喧嘩している。自分のせいで離婚すると言ってる。だから学校やめる、と。

それをオイオイと泣きながら話すのです。相手は体格も良く、身長も高い、男前の高校2年生です。背中をさすりながら、「大丈夫だよ、あなたのせいではないよ」「学校やめなくてもいいよ」と伝えましたが、泣きじゃくっています。私はテッシュペーパーとお菓子を自分の机から持って来て「ほら涙ふき。お菓子食べ。」と慰めに必死。廊下で泣きながら私に話している姿はほんの子どもです。授業ではいつもワルぶっているような、でも本当は繊細で心優しげな彼でした。

こんなに大きい子なのに、こうやって両親の不仲が自分のせいであるとこれほど必死に悩むのか。そう思うと健気で胸が苦しくなりました。親にやめろと言われて、自分も勇んで家を出て来たのでしょう。しかしだからと言って退学届は渡すわけにはいきません。そのままお休みのところ担任の先生にでて来ていただき、一件落着。

その後、彼が卒業するまで私から彼に今回の件について触れることはありませんでした。誰もいない職員室だったからこその涙だったかもしれません。それに本当ならこんなことを教師であろうが、知られたくないことでしょう。

高校生にもなると、大人らしい面が増えてきて、教師も大人として扱うことが増えて来ます。生徒の自立を促しひとりの人間として対応することはとても大切なことですが、彼らの中にはまだまだ純粋で真っ直ぐな気持ちがたくさんあるということを忘れてはいけないと思わせてくれた経験でした。どの子にも、どの生徒にも色んな人間関係、家庭環境がある。その中で一人一人が自分の現実と戦っています。教師にできることは彼らをサポートすること。

見守り、耳を傾け、応援していきたいです。

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Kae Takaoka
Teachers of Japanではティーチャーアイデンティティ (教師観)の発見を通じて日本の先生方がもっと自分らしく教育活動に専念し本来は多様である「教師」の姿を日本国内外へ発進しています。日本の先生の声をもっと世界へ!サポートいただけたら嬉しいです。