モヤっとする相手の中には_自分の価値観に気づくヒントが隠れている

モヤっとする相手の中には、自分の価値観に気づくヒントが隠れている

誰かと話したり見ていて、心がザワついてしまったり、イラッとしてしまったり。または、なぜだか好きになれないなぁという人がいたり。

普通であれば、なるべく関わらないようにしよう、とか。
人間だし、良い面・悪い面、好き・嫌いがあるのは仕方ない、放っておこう、となるものだ。

でも、ちょっと待って欲しい。

どうかそのモヤっとした気持ちを捨て置かず、一度その感覚に向き合ってみると、そこには、自分が欲しているものや、大事にしている価値観が見えてくることがある。

今日はそんな話を書いてみたいと思う。


相手は自分を映す鏡だと言う。
また、それは自分が嫌だなと思う相手に対しても言えることだと言う。
そんなバカな!と思うかもしれないけれど、2つの例を挙げながら、紐解いてみたい。


目の前に現れたキャリアウーマンへのモヤっと感

ある日、とてもパワフルで仕事の出来る女性が入社してきた。

向き合うと、いつも「the・敗北」というタイトルが頭の中をよぎる。
何一つ彼女より秀でているものがないような気がして、自尊心がバッキバキに折られていくのがわかる。

だけど、一旦そのハートに包帯をグルグル巻いて、じっと彼女を観察してみる。そして、彼女の「どこに」いったい自分が反応しているのか、自分の心も観察してみる。

彼女の、
人脈かな?
知性かな?
会話力かな?

うぅーん、どれも合ってそうな気もするし、今ひとつしっくりこない。
ひたすらひたすら、ノートに書き出してみる。
そして、じっくり分析していくと、次第に見えてきた。

どうやら自分(の心)が反応しているのは、彼女の "自分らしく生きている感" だった。

彼女は欲望に真っ直ぐだ。
人にどう見られよう、思われようとも一切気にしてない。
他人の評価なんてどうでも良い、自分がどう在りたいか、ただそれだけに正直に、のびやかに生きている。
その感じが、眩しく羨ましいのだ。
つまり、本来なら自分がそう在りたいのだ。

さらに深掘りをしていくと、
「お姉ちゃんでしょ、我慢しなさい」と言われて育てられた幼少期の私の姿も見えてきた。
我慢をしたり、周りに気を使ってみたり。少し自分を抑えている部分が、今だに私の中にある。

もっと自分を解放したっていい!
目の前の彼女は私にそれを伝えてくれていのだ。


メンタル不調の友人へのモヤっと感

人間誰でも、調子の良い時もあれば、そうじゃない時だってある。
だけど、谷にいる時は、それが永遠に続いたり抜け出せないような心持ちになることもある。

ある友人は、今まさにそんな状態なのだと思う。
ゆっくり話を聞いてあげたいけれど、お互いに環境、ライフスタイルが全く違うので、なかなかゆっくり向き合う時間を作ることも難しい。

だけど、自分なりに彼女の力になりたいと思う一心で、あれやこれやとやっている。
そして、ついにそこにある「モヤっと感」に気づいた。

私は、彼女のことを気にかけることで、
不調気味で調子が悪い友人(×)
彼女を救おうとしている私(○)

と、彼女と相対することで、自分自身の調子の良さを浮かび上がらせることができているのだ、ということに気づいてしまった。

また、本来、人に何かを「伝える、教える」ということが好きな私にとって、その状況は、ある意味、自分の大事にしている価値観を満たせてしまう絶好の機会とも言えるのだ。

モヤっとしているのは、なかなか前向きになれない彼女に対してではなく、
彼女に対してそういう見方(ラベルづけ)をしてしまっている自分自身に対してだった、ということに気づき、愕然とした。

相手のことを思ってしているつもりだった行為が、実は全く利他的ではなく、自己満足の状態であることが分かり、これからどう向かっていこうか、という答えがひとつ出せた。


あなたは、誰かを見たり、話した時に、心に「モヤっとする」ことはありますか?
ぜひ、その心の内を観察してみてくださいね。
自分の大切な価値観やヒントが覗けるかもしれません。

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