ようやく毒から逃げまして⑤~毒祖母からの離別を決意して~
(画像はいらすとや様より、一部筆者加工)
毒祖母から離別なんてできないと思い込んでいた私たちだったが、ある一連の出来事を機にその心境が変わっていった。その一部を列挙するが、お聞き苦しい表現が多々ありますことを予めご了承いただきたい。
①病院付き添い発狂事件
とある事情で毒祖母の通院に付き添った母だったが、毒祖母が「付き添いなんて誰も連れてきてない!」と突然発狂。奇声を上げた毒祖母にその場の全視線が集まって母は顔から火が出るほど恥ずかしかったと話す。
"離別したい度"が20%増加!
②エアコン買い替えミス事件
毒祖母が買い換えたエアコンの型番をこっそり検索してみると、8畳の部屋に対して15畳以上対応のものだった。明らかに設置スペースが足りないことを私が指摘すると、「店員に騙された!」「アンタたちが一緒に来てくれないから!」と癇癪を起こした。(後日毒祖母に現行品の説明書を持たせ、同等品に替えてもらうことで何とか収束した)
なお補足すると、毒祖母の家ではすべての決定権は毒祖母自身だった。購入時期や場所、メーカー、機能、大きさやデザインは毒祖母の独断。ちなみに毒祖母は設備にしても家電にしても"壊れないと"買い替えない性分だった。
"離別したい度"が40%まで増加!!
③エアコン使うな事件
エアコンが新しくなったリビングの掃除をしていた私。毒祖母が帰宅したので急いで別の部屋に避難すると、毒祖母が「エアコン使うな!電気代がもったいない!!」と鬼の形相で怒鳴りつけてきた。あの酷暑の中でエアコンもつけずに掃除をしていたら熱中症まっしぐらだったのにもかかわらず。
"離別したい度"が80%まで増加!!!
④洗面台事件
洗面台の配水管から汚水が漏れていることに気が付いたが、口を聞きたくなかったので毒祖母に手紙で伝えた。後日無事に新しい洗面台に取り替えられたので私たちが元のように化粧水などの備品を置いていると、「私の洗面台だ!ここに置くな!」と毒祖母が発狂。
"独立したい度"が90%まで上昇!!!!
⑤カンカン事件
深夜に毒祖母の居ないリビングで寛いでいた私たちの前に毒祖母が大声を発しながら現れた。
「カンカンどこやったのよ!!!!!!!!!!!」
何のことか理解できない母と姉は毒祖母の只ならぬ様相に呆然としていましたが、私は何食わぬ顔で戸棚からそのカンカンを取り出して毒祖母に渡した。数日前からダイニングテーブルの上に無造作に置いてあって邪魔だったので私が片づけたのであった。
毒「なんで勝手にしまうのよ!」
私「邪魔だったから」
毒「アタシのテーブルだ!何置いてもいいだろ! !」
私「そもそも何に使うの? 夜遅いんだから大きな声出さないでよ」
毒「アンタには関係ないでしょ! アタシの家なんだからくぁwせdrftgyふじこlp(意味不明)」
私「血相変えるくらい大切なものなんでしょう? ねえ、何に使うの? 教えてよ」
毒「サークルで使うのよ!」
私「そんなものを? 何に? ねえ何に使うの? だいたいサークルの役職クビになったんだから用意する立場じゃないでしょう」
毒「アンタには関係ないでしょ!(二回目)ここはアタシの家なんだからなんだからくぁwせdrftgyふじこlp(二回目)」
そこからは見かねた母や姉も入り混じって大口論に発展。最後の方になると毒祖母は「もう本当に出て行ってほしい!」しか言わなくなった。まるで壊れた機械のように。
結局そのカンカンを何に使ったのかは分からないが、しばらくするとゴミとして捨てられていた。
家庭内別居以前ならば他愛もない諍いの一つだったのだろうが、一連の流れでフラストレーションがたまっていたことからこれが離別を決定づけることとなった。何より毒祖母本人がひたすら私たちに「出て行ってほしい」と言っていた訳だし。
"離別したい度"が100%に到達!!!!!
こうして離別を決心した私たちは、毒祖母に悟られないように物件探し、貯金、荷造り、買い出し、荷物の運び出しを進めていった。本音を言えばより遠方に引っ越したかったが、とにかく即入居ができて比較的家賃が安いところに決めた。
この間は毒祖母からの暴言やモラハラも「もうすぐ終わる……」と心の中で唱えて、大事に至らないよう慎重に行動した。ここで何かあったら、すべてが水の泡になるからだ。
いよいよ離別決行日。知人の協力のもと最後の荷物の運び出しの準備を終えると、三人で生活する旨を記した書置を残して新居へ向かった。
姉と私にとっては、生まれて初めての引っ越しだった。毒祖母の家よりも全然小さくて何もない新しい家。それでも心の重荷が降りたのを確かに感じた。これからは毒祖母の独断で決められていた家具や家電、生活用品も自分たちで話し合って購入できる。これからは自分たちが良いと思った方法や学んだ新たな方法で家事や炊事ができる。
何より私たちの精神や生活を脅かす毒祖母がいない、それだけで私の胸は躍った。
三人での新しい生活に私は期待を抱くともに、今後毒が私たちに関わることがないよう密かに願っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これが毒から逃げた一連の流れです。 タイトル通りようやっと毒祖母から逃げたのですが、その後もたびたび毒祖母に悩まされることになりました。
次回は、毒祖母がなぜ毒になったのかを考察します。今回もご覧いただきありがとうございました。しばらくお待ちいただけると幸いです。
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