【第4回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』
第4回
第一章
クリアファイルを団扇がわりにしていた佐方貞人は、山積みになった書類の隙間から、小坂千尋に声をかけた。
「なあ」
パソコンで作業をしていた小坂が、手を止めてじろりと佐方を見る。
「だめです」
ぴしゃりと言われた佐方は、悔し紛れに言い返した。
「まだ、なにも言ってないだろう」
小坂は佐方を睨みながら、壁にかかっている時計を指さした。
「さっきから、まだ三十分も経っていないんですよ。先生は堪え性がなさすぎます」
小坂が言うさっきとは、エアコンの設定温度の件で言い合いをしたときのことだ。ここ数年、夏の猛暑が続き、九月に入っても残暑が厳しい日が多かった。九月中旬を迎えた今日も、外気温は三十度を軽く超えている。
佐方はこれ見よがしに、クリアファイルで勢いよく自分の顔を扇いだ。
「たった一℃、設定温度を下げてくれって言っているだけだろう」
小坂の目が吊り上がる。
「その一℃が、ひと月の電気代にどれだけ響くと思っているんですか。それに、この部屋はいくら冷房を利かせても無駄です。建物が古いから、空気を冷やしてもすぐに外へ逃げてしまいます」
佐方が代表を務めている弁護士事務所は、中野にあった。古い雑居ビルの三階にある。代表といっても弁護士は自分ひとりしかいない、個人事務所だ。
(つづく)
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