【第55回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』
第55回
大橋は、再度、原じいに訊ねた。
「今日の会議がどれほど大事なものなのか、わかっているだろう。それに出ないっていうのか」
組合の会議には、毎月行う定例会議と、年度末に一年の運営状況を確認しあう全体会議がある。今日は、その全体会議だった。
あらかじめ渡された資料によると、今年の組合の収支決算は赤字に落ち込んでいた。これは今年に限ったことではない。年号が変わってからずっと、緩やかではあるが売上は右肩下がりが続いている。いまのままでは、蕃永石事業が目を瞠るほど上向きになるとは思えない内容になっていた。
大橋は恵の紙オムツや粉ミルクを入れてきたバッグから、今日の会議の資料を取り出した。あるページを開き、原じいに差し出す。
「ここ、見てくれ。今日、若社長は蕃永石の新しい事業のやり方に対して、賛成か反対か採決を行う。その結果をもって今後の事業の在り方を決める、と書いてある」
原じいは地面に目を落としたまま、資料を見ようとしない。
大橋は資料を閉じて握りしめると、原じいに懇願した。
「頼む。今日の会議に出てくれ。このままじゃ、若社長のいうとおりになってしまう。原じいが会議の場で、蕃永石は若社長のやり方にしてしまったら価値がない。そんなことをしたら、蕃永石はなくなってしまう。そう訴えれば、考えを変える組合員がいるよ。そうなれば、結果をひっくり返せるかもしれない」
大橋は原じいをじっと見つめた。わかった、今日の会議に出る、そう言ってくれることを願いながら、原じいの言葉を待つ。
原じいが顔をあげて、大橋を見た。息をのみ、原じいの声に意識を集中する。やがて原じいは、短いがはっきりとした口調で答えた。
「俺は、会議には出ない」
原じいの返事を聞いた大橋は、自分の心が深く沈んで行くのを感じた。
(つづく)
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