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【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典】第十六回 ライフ・オブ・平安! 平安のメール&LINE

川村裕子先生による、大河ドラマを100倍楽しむための関連人物解説!

第十六回 ライフ・オブ・平安! 平安のメール&LINE

 今も昔も書き言葉はなくなりません。今だってメールやLINEを使う率は電話よりも多いでしょう? でも、書き言葉というのはとても難しいですよね。「そんなつもりで書いたのではないのに」とか「もう少し気持ちを込めた方がよかったかな」と反省することはありませんか。
 そう、書き言葉は反省しても後の祭りなんです。出す前に書き直さないとね。
 ということで千年前の人たちのメールはどうだったのでしょう。それらのなかには、現在のメールやLINEのヒントが隠されているかも……。

 まず手紙やメールの書き方で、「言葉が無作法な人は、とてもいや」(『枕草子』二四六段)と書かれてます。『枕草子』のたとえとしては「世間を舐めて書き流している」とか「カジュアルでいいのに、度を超して丁寧」があがってます。そう、書き言葉はいい加減なため口で書いてはいけない、そしてまた、妙にガチガチに書いてもいけないのですね。
 なかなかその加減は難しいけど、出す相手をよく考えるのが必要。今だって目上の人に、絵文字などは使えないですよね。また友人に「あらあらかしこ」などとは書きません。
 一時「了解いたしました」という言葉を目上の人に使ってはいけない、などと言われましたが、これは気にする必要はないと思われます。それよりもよく見かけるのはメールの末尾に「以上」と記してあるメールです。
 これは事務的な連絡だったら良いけれど、友だちへのメールやLINEで末尾が「以上」というのは少し変ですね。冷たい感じがします。
 さて、そんな書き言葉ですが、こんなことは昔からあったのですね。

(くやしいもの)手紙をこちらから送った時も、返事の時も、書いたあとに「文字を一つ、二つ、こう書いておけばよかったな」と気がついた時。

『枕草子』九二段

 しまった、と思うことは今もありますよね。ちょっと失礼だった、とか固い言葉でまるで怒っているみたいだ、とか後から気付くのです。でも、これは出してしまったので後の祭り。あたり前ですが、後から見つけても駄目ですよね。 
 だから、出す前に何度も見返すことが必要。でも、手紙→メール→LINEと段々見返す時間がなくなっているような気がします。
 さて、それで、平安のころの手紙は郵便局員が運ぶのでなく、文使いが運びました。これは特定の職業ではなく、その家にいる家来なんですね。
 しかも、この文使いは手紙を運んで、なんと家で待っています。だから、もらった方はすぐに返事を書かなくてはいけないのですね。それも和歌を入れたりして……。大変なことです。だからLINEのように「既読スルー」はできないのです。
 そうです。即レスで和歌も入れて相手の立場を考えて言葉を選ぶ……。かなりあちこちに気を遣う必要があるのですね。それだけ書き言葉は慎重さが必要。
 さて、ちょっと視点を変えましょう。この手紙を運ぶ文使い。かれらは、どんなタイプがいいのでしょう。それはね、「美形でスリム」が良いのです(『枕草子』二二一段)。スリムというのはなんとなくわかる。機敏に動くような感じがするのですね。美形は人目につくからでしょうか。どうでしょうか。
 さて、最後に私の専門である文付枝についてちょこっとお話ししましょう。これはLINEのスタンプのようなもの。文字だけでは何となく不足感がありますよね。今だって絵文字やLINEのスタンプというのは、文字だけの固い感じをやさしくしてくれますよね。そう、そこには人間らしさが漂うのでした。
 昔のスタンプは、手紙をお花に巻き付けました。
 たとえば春の到来は桜の文付枝、待ち続けているつらい冬は雪のついた松……。といったように季節に合わせたきれいなスタンプを追加します。手紙に使う料紙は薄様うすようと呼ばれる恋文の定番を使います。柔らかいので、植物に、スッとくっついていくような感じがします。
 ところで、この文付枝。美しい例ばかりではなく、マイナスの用例があります。そこでここでは、「もらいたくないな」と思うような文付枝について見ていきましょうね。

ずるずるとはいずりまわってもあなたのそばに居たい。あなたをながーく思っている私の気持ち。それと同じくらいながーい身体の私は。
(はふはふも君があたりにしたがはむ長き心のかぎりなき身は)

『堤中納言物語』

 さて、これは何の文付枝でしょうか。そうです。なんと蛇の文付枝でした。あの虫を愛する「虫めづる姫君」。彼女の噂を聞いて、動くような仕掛けをした蛇の模型。そんな文付枝を贈ってきた男子がいました。その蛇はうろこ模様の袋に入っていて、その袋にこの歌が付いていたのです。
 歌を見てわかるように「ながーい」がポイント。蛇だから長い。
 でも、動く仕掛けですから、みんなが怖がってしまいました。とうとう、父親が太刀を持って見に来ました。そこでこの蛇が「作り物」ということがわかったのです。蛇で統一がとれている文付枝ですが、こんな文付枝は貰いたくないですよね。

 さて、最後に文付枝で「巧妙な意地悪」が仕掛けてあるお話をいたしましょう。これは文付枝そのものが意地悪なのではなく、そんな文付枝にまつわる話を書いた人が意地悪、といったお話です。何だか話が混乱してきましたね。
 それでは、ここに、そのお話をあげてみることにしましょう。

(…)弟(長能ながとう)が近くによってきました。そしてふところから陸奥紙で、それを結び文にしてある手紙、枯れたススキにさしてある手紙を取り出しました。
(せうととおぼしき人、近うはひ寄りて、懐より陸奥紙にて引き結びたる文の、枯れたる薄に挿したるを取り出でたり)

『蜻蛉日記』下巻 二〇五

 長能は『蜻蛉日記』作者・道綱母みちつなのははの弟。有名な歌人です。花山院といっしょに『拾遺和歌集』を選んだといわれています。
 さて、この長能が陸奥紙をススキに付けた手紙を持って来ました。これは兼家の兄、そして兼家の天敵である兼通の手紙でした。
 陸奥紙というのは立派な紙で真っ白な所が長所。やや固めなので保存のための書類などにふさわしい紙です。あまり恋文には使われない。皺があるのが特徴。さてそのギチギチの紙は枯れたススキに巻き付いてました。何だか文付枝としては、ステキなものではないですよね。
 そのうえ、兼通は道綱母の歌に対して返歌をしようとしたのですが、

(侍女)「大臣さまは「この歌の返歌を作ろう」ということで、半分までは詠んだのですが、「下句ができない」とおっしゃっているそうです」
((侍女)「(兼通)「これが返し、今一度せむ」とて、半らまでは遊ばしたなるを、(兼通)「末なむまだしき」とのたまふなる」)

『蜻蛉日記』下巻 二〇五

ということが道綱母の所に伝わってきました。どうでしょうか。五七五までできて、七七ができない。大・大・大失態ですね。歌ができないなどというのは恥ずかしいことです。それに対して「返事がなかなか長い間戻ってこない」などと書かれてしまいました。
 当然、長い間返事が来ない理由としては七七ができなかったことによります。
 というわけで、ここでは兼通の失敗が大々的に書かれてますよね。そこに文付枝が加担しているのです。恋文にはふさわしくない紙で枯れたススキ。兼通のセンスのなさが浮き彫りにされてます。
 だから、単に消息の描写だけではなく、兼通を馬鹿にしている書き方なんです。それはなぜでしょう。言うまでもなく、兼通が自分の夫(兼家)の天敵だからですね。
 このように天敵兼通を残念な手紙とともに書く、というこの意地悪な筆致は、道綱母の兼家に対する援護射撃でした。

プロフィール

川村裕子(かわむら・ゆうこ)
1956年東京都生まれ。新潟産業大学名誉教授。活水女子大学、新潟産業大学、武蔵野大学を経て現職。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期課程修了。博士(文学)。著書に『装いの王朝文化』(角川選書)、『平安女子の楽しい!生活』『平安男子の元気な!生活』(ともに岩波ジュニア新書)、編著書に『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 更級日記』(角川ソフィア文庫)など多数。

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連載バックナンバーについて

6/8未明から発生している大規模システム障害により、「カドブン」をご覧いただけない状況が続いているため、「第十回」以降を「カドブン」note出張所にて特別公開することとなりました。バックナンバーは「ダ・ヴィンチWeb」からご覧いただけます。ぜひあわせてお楽しみください。

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