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【第27回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。


【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

第27回

 置かれている座布団に腰を下ろすと、座卓の向かいに座った原じいが、ピッチャーから飲み物をグラスに注ぎ大橋に勧めた。
 冷えた麦茶だった。香ばしくて美味い。一気に飲み干すと、空になったグラスに原じいが新しい麦茶を注いでくれた。
「美味いだろう。このあいだ西にしやまさんが、袋にいっぱいのイチバンボシをくれたんだ。今朝、煮だして冷やしておいた」
 イチバンボシとは香川で多くとれる麦の品種だ。
「ところで、なっちゃん、どうだ。まだ、飯は食えないか」
 なっちゃんというのは、大橋の妻――なつのことだ。いま妊娠六か月になるが、初期のころからつわりがきつく、いまも辛そうだ。
 大橋は菓子器のせんべいに手を伸ばしながら言う。
「果物なら少しは。でも、なかには後期まで辛い人もいるらしいから、いつまで続くかわからない」
 せんべいをばりばりと食べる大橋を見ながら、原じいはあきれたように笑った。
「お前の食欲を、分けてやれたらいいのにな」
「たしかに」
 そう言いながら、大橋は二枚目のせんべいに手を伸ばした。
 原じいは自分の麦茶を口にしながら、独り言のようにいう。
「とにかく、健康が一番だ。なっちゃんもだが、お前も身体に気を付けろよ。若いからって油断していると、痛い目みるぞ」
 大橋は二枚目のせんべいを食べながら、原じいの心配を笑い飛ばした。
「身体には気を付けてるよ。俺も父親になるんだ。子供にかわいそうな思いは――」
 そこまで言って、大橋ははっとして口をつぐんだ。食べかけのせんべいを持っている手を膝に置き、原じいに詫びる。
「悪い――」

(つづく)


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『誓いの証言』は日曜・祝日を除く毎日正午に配信予定です。
マガジン「【連載】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉」に各話をまとめていきますので、更新をお楽しみに!

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