【第59回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』
第59回
それを見ていた原じいが、ポットから中身を湯呑に注ぎ、大橋の前に置いた。
「そば茶だ。血圧を下げる効果があるらしいから、最近、飲んでいるんだ」
「いいよ」
ゆっくり茶を飲む気分ではない。
長座布団に横になっている恵を抱き上げようとしたとき、原じいがぽつりとつぶやいた。
「俺は、丁場を抜ける」
大橋は、恵を抱きかけた手を止めた。
「抜ける?」
そのままの姿勢で原じいを見ると、怖いくらい真剣な目がこちらを見ていた。原じいが、念を押すように言う。
「ああ、俺は児玉さんのところの丁場を抜ける」
「まさか、蕃永石をやめるのか」
思わず大きな声が出た。
せっかく泣き止んだ恵が、大きな声に驚き、また泣き出した。大橋は慌てて恵を腕に抱き、あやしながら改めて訊く。
「なんだよ、抜けるって。職人をやめちゃうのかよ」
原じいは、短く答えた。
「やめないよ」
「でも、丁場を抜けたら続けられないだろう」
丁場から切り出された石は、一度、児玉興業グループが持っている工場へ運ばれる。そこで、切削機や研磨機などの石材機械で概ね整えられたものが職人の手に渡っている。職人はその石を加工し完成させているのだ。児玉興業が持っている丁場を抜けたら、石が手に入らなくなるし、機械も使えなくなる。
原じいは、固い決意を感じさせる声で言う。
「独立する」
大橋は耳を疑った。
「独立って――会社を作るのか?」
(つづく)
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