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【第11回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。


【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

第11回

 接見室の椅子に座る久保は、目じりに皺ができたことを除けば、なにも変わっていなかった。人を見るとき首を傾げるところも、人懐こい眼差しも昔と同じだ。ひとつ違っていることは、身体にまとっていた明るさが陰っていることだった。
 アクリル製の板を挟み、小さな穴が空いている丸い部分に、佐方は顔を近づけた。
「しばらくだな」
 久保は懐かしそうに目を細めながら言う。
「元気そうだな」
 佐方は場の空気を和らげるために、少しだけ久保をからかった。
「お前は元気じゃなさそうだな」
 佐方の言葉に、久保は自虐的に笑った。
「身体はいたって元気だが、こことここは絶不調だ」
 そう言いながら、久保が自分の頭と胸を指で突く。頭もメンタルもかなり混乱しているのだろう。
 佐方は再会の前置きもそこそこに、自分が呼び出された本題に入った。
「刑事手続きや援助制度の説明は抜きだ。なにがあったかだけ話せ」
久保は佐方と同じ、弁護士だった。所属している弁護士会は別だが、港区のビルに事務所を構えている。
 勾留決定前は、家族であっても基本は面会できない。その後、面会ができるようになっても、一日一回、十五分と決まっている。しかし、弁護士にその制限はない。いつでも、一日何回でも、何時間でも被疑者と会える。だがいまは、のんびりしている余裕はない。
 初回の接見では、やらなければならないことがたくさんある。久保には手続きや権利関係の説明は必要ないとしても、逮捕に至った経緯や事件に関する事情、家族や身内への連絡の有無など、聞かなければいけないことが多い。
 久保の顔から笑みが消える。椅子にあずけていた背を起こし、アクリル板に近づいた。
「俺は無実だ」
 佐方の目を見つめ、振り絞るように言う。

(つづく)


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『誓いの証言』は日曜・祝日を除く毎日正午に配信予定です。
マガジン「【連載】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉」に各話をまとめていきますので、更新をお楽しみに!

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