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【インタビュー】百年という時の流れに埋もれた人々の思いを掬う、著者初の文学館ミステリ 大崎梢『百年かぞえ歌』

書店、図書館、移動図書館、出版社と、これまでも本の集まる場所を舞台にした物語を生み出してきた大崎梢さん。新作で舞台にしたのは小さな町にある、昭和の時代に活躍した作家の生家館。現代に起きた事件の謎を紐解いていくなか、物語の真ん中に立つ凸凹3人チームが追っていくのは、愛する作家の“やり残したこと”――。時を越え、あたたかな思いがつながっていく初の文学館ミステリ、そこに込めた思いを伺いました。

取材・文=河村道子 写真=鈴木慶子


――明治末期の生まれで戦後に活躍した、地元出身作家の文学館を題材にした本作は、大崎さん初の文学館ミステリ。本好き、文学好きが思わず色めき立ってしまう“文学館”を舞台にされたのは?
 
大崎:旅行先でも見つけると、つい足を踏み入れてしまう文学館は、以前から惹かれていた場所でしたが、「これまで図書館や書店は作品の舞台として書いていますが、文学館はありませんよね?」という編集担当の方の言葉に、「そう言えば!」と思って。ちょうど梅の花の時期でもあったので、見事な梅林のある神奈川県湯河原町のあたりを調べていたら、光風荘という資料館を見つけたんです。そこは東京以外で唯一2・26事件の舞台になった、旅館の別館だった一軒家。文学館ではないのですが、事件にまつわる日本近代史の資料が展示してあるということでぜひ行ってみたいなと。湯河原に行ってみると、市ではなく、“町”というそのスケール感と伊豆半島の付け根という位置関係が、自分のなかに浮かんだ物語の舞台によく似合う、と思ったんです。
 
――そこから、戦後に一世を風靡した作家・貴地崇彦の生家館のある町、里海町という設定は生まれてきたのですね。海と山に囲まれた里海町は、昔ながらの佇まいがそこかしこに残る町です。
 
大崎:昭和に建てられた湯河原町の光風荘も、ひっそりその場に佇んでいて、一体、どんな方が見学にいらっしゃるのかしら?ぐらいの建物だったんです。主人公は、そこを管轄している町役場の女性職員がいいなと。そして冒頭から「寝耳に水!」みたいな展開にしようと。

 ――まさに物語のはじまりは寝耳に水!です。郷里・里海町の町役場に勤務する主人公・由佳利のもとに突然やってくる群馬県警の刑事二人。彼女が担当する「貴地崇彦生家館」の収蔵物について訊ねられただけではあったけれど、どうやら不穏な事件が絡んでいるようで。調べてみると、数日前、群馬の山中から身元不明の青年遺体が発見され、その上着の内ポケットから貴地先生にまつわる葉書が発見されたと……。
 
大崎:遠く離れた土地の山中で見つかった身元不明の遺体。唯一残されていた手がかりが、今から60年以上も前の、昭和35年に貴地先生が里海町のある人に宛てて出した古い葉書という……。
 
――その情報を由佳利さんに教えてくれたのは、死後二十年以上を経てなお人気の高い、貴地先生読者の間で、通称“本館”と呼ばれ、“分館”と称される生家館と交流のある、「貴地崇彦文学館」の副館長の窪田さん。そうした文学館に関わる人同士のつながりもわくわくします。
 
大崎:私の家の近くに鎌倉文学館があるのですが、個人的に見学に行ったり、トークショーに出演させていただいたりしていたので、そこの副館長さん(当時)とは以前から親しくお喋りをしていたんです。本作の執筆にあたり、企画展を立案する際のことや他の文学館に資料を貸し出すときのこと、合同イベントについてなど、文学館の運営についてその方にいろいろとお話を伺いました。すごく面白い方でお喋り上手で、本好きで、好奇心旺盛な本作の“本館”の窪田さんは、書いているうちにその方そのものになってしまいました(笑)。
 
――貴地先生の出した葉書が事件に関係していることで驚き戸惑う由佳利さんですが、彼女は2週間前に婚約を破棄されたばかり。人生に行き詰まり、立ち往生している主人公でもあります。
 
大崎:勉強も仕事もできて、何事もきちんとやってきた優等生の由佳利さんは、照る日もあれば曇る日もあるさ、なんて言葉は知らないだろうな、みたいな人。笑い者になることが苦手で「婚約破棄された人」と噂されていることにものすごくダメージを受け、人生初の挫折のなかにいます。でも、何かそうした喪失感を持っている人にこそ、文学というものは寄り添ってくれると思うんですね。人の柔らかいところ、弱いところをいつでも受け止めてくれるのが本の良さであり、そしてそのルーツを展示してある文学館の良さでもあるのかなと、物語のなかで少しずつ変化していく由佳利さんを書きながら思っていました。
 
――ミステリではあるけれど、本作はそんな由佳利さんの成長譚としても読むことができます。そして貴地先生の生家館は、謎も現れてくるけれど、展示物や作品を通じ、背中を押してくれるような力を与えてくれる場所でもある気がしました。
 
大崎:一番多感だった頃を過ごした場所というのは、作家にとってひとつのルーツになっているはず。そういう意味でも、生家館や文学館というのは作家の根底に流れているものを感じられる貴重な場所。それは読み継がれてきた作品とともに、今にもつながっている場所ではないかなと思うんです。
 
――そんな「貴地崇彦生家館」が廃館の危機に瀕していることも由佳利さんの大きな悩みのひとつ。そこに登場してくるのが、若い頃、貴地先生の愛人だったと噂される艶子さんという80代の女性。生前の貴地先生から、やり残したことがあると聞いていた彼女は、この事件を解明すれば、生家館は注目され、廃館の危機を免れる!と由佳利さんの背中を押す、パワフルでカッコいい人です。
 
大崎:「よろしくってよ」っていうセリフが似合う、コケティッシュでちょっと小悪魔的な人。こういう女性にいてほしいなという気持ちから、艶子さんという人は現れてきました。
 
――艶子さんは、26年前に85歳で逝去した貴地先生のことを今も想い続け、“私は葉書の謎を解きたいの。先生がどういうつもりで出したものなのか。それが今、どうして亡くなった人のポケットから発見されたのか”と、その今も変わらぬ先生への愛が、謎を解くためのパワーになっているところにも心がくすぐられます。
 
大崎:そんな昔の恋に……と思ってしまいがちですが、私、中学生のときに好きだった男の子がいたのですが、いまだに好きなんですよ。この前、クラス会があって、ほんのひと言、ふた言、喋ったぐらいだったんですけど、いまだに自分の特別な人だということを再確認してしまいました(笑)。手に入れたいと思ったけど、手に入れられなかった、永遠の片想いみたいなものはあるんだなって。

 ――そんな大崎さんの気持ちが、艶子さんの先生への愛には重ねられているのですね。
 
大崎:そうなんです(笑)。何年か前のクラス会のとき、その話を女ともだちにしたら、「そんな昔の想いをいまだに覚えていて、“私は〇〇くんに嫌われたくないの!”って、今も本気で言っているなんて」と大笑いされて(笑)。「でも、そういう人だから小説を書くのね」と、彼女から目からウロコの言葉をもらいました。そのとき思ったのが、「自分の人生のなかのいろんな頃の気持ちにすぐ戻ることができるから、私は小説のなかでも様々な年代の人のことを書いているのかもしれないな」ということでした。
 
――本作でも実に様々な世代の、そして百年の間にあった様々な時代に生きた人々の姿が描かれています。そして由佳利さんと艶子さんが、葉書の宛先となった人を探しているとき、ひょっこり出会ったのが、由佳利さんと中学高校で同級生だった夏央くん。15年前に他界した貴地先生の幼友だち“クニちゃん”の曾孫である彼も調査に加わり、3人の凸凹チームが誕生します。そしてその葉書にはどうやら“かぞえ歌らしきもの”が書かれていたということを手掛かりに、3人は様々な場所と人をあたっていきます。
 
大崎:モチーフとなった“かぞえ歌”は、湯河原に取材に行ったとき、帰りの電車に乗る前に入った駅前の喫茶店で、担当さんと打合せをしていて、閃いたもの。文学館とかぞえ歌というピースが自分のなかで組み合わさったんです。同じくタイトルにある“百年”については、書いていくうち、それを追いかけていく物語になっていきました。
 
――今日、お持ちいただいている創作ノートには、里海町、そこに暮らしていた人の年表がびっしりと書き込まれていて。あまりの精密さに驚きました。
 
大崎:この町に暮らしていた人々の系譜、子供が生まれたり、孫が生まれたり、曾孫が生まれたり、ということをすべて書き込んでいったんです。こうしてみると、本当に百年という時間のなかではいろいろなことが起こるのだなと。作中にも出てきますが、あることが起きたときに生まれた赤ちゃんが健やかに育ち、80代で天寿を全うしてからさらに十数年も経っているということが、百年のなかでは普通に起きているわけですね。けれど20歳ぐらいの頃、50代だった貴地先生と出会い、当時のことを鮮明に覚えている艶子さんのように、少しだけそのしっぽに手が届くというのも、百年という時間の妙味だと思いました。

――そして百年という時間は、今、自分がいる人生の地点によって、見え方が変わるんだなと。もうすぐ30歳の由佳利さんや夏央くんは「すごく昔」と一言で括るような捉え方をしますが、80代の艶子さんや生家館の受付をしている70代の澄江さんは、自分が積み上げてきた時間の中にあるものという感覚に近い。
 
大崎:今年、私はデビュー18年を迎えるのですが、10年なんて本当についこの前くらいの感じで。でも由佳利さんくらいの年の頃にはそういう捉え方はしなかったでしょうね。だからこの物語は、私が今の年齢になったから書けたものであるのかもしれません。

――調べていくうちに現れてくる百年前の謎、交錯していく過去の人物たち。お屋敷、蔵、怪談という魅力的なアイテムも登場し、裏返しのカードがどんどん読者の前に積み上げられ、さらにその謎同士も絡まっていきます。
 
大崎:私は横溝正史が好きなので、戦後間もない頃、謎の男の人がお屋敷を訪ねてきて……なんていうのは自分の趣味ですね(笑)。その男の人が何をしにきたのか、その後どうなったのかは誰も知らないという、そうした何十年も前の謎を3人は追いかけているのですが、リアルな事件が起きているので、いきなり現代にも引き戻されるんですよね。謎の発端は、つい数週間前に起きた事件なので。
 
――普通ならつながらないはずなのに……という糸の先を手繰っていくような面白さがあります。そして幾重にも絡まる、その謎の糸を整理していく場面が時おり現れるのも読者としてはうれしいところ。
 
大崎:由佳利さんたちは刑事ではないので、時々、事件と百年前の謎の関係性について整理をしていかないとわからなくなってしまいますから、ひとつひとつ指差し確認をするような場面を書いていきました。そして確認をしていくなか、「由佳利さんたち、もう行き詰まってしまったかな?」という頃、次の手がかりが現れてくる。
 
――本作はプロットなしで執筆されたと。ということは、大崎さんも、この3人と一緒になって謎の真相を追っていったのですね。
 
大崎:そうですね。なので書いていて、自分もすごく楽しかったですね。そして“百年”と“かぞえ歌”に謎は収斂されていった。私が自分で好きな場面は、警察が参入し、もう自分たちにできることはないんじゃないか?と由佳利さんが思うところで、かぞえ歌のことを思い出し、その先へとつながっていく流れです。忘れていた何かが立ちのぼり、人の思いにつながっていくということが、物語を動かしていきました。そしてもうひとつ、この物語が、ラストまで辿りつけたのは、貴地先生の愛読者、貴地マニアの人たちが作中にたくさんいたからでもあると思うんです。文学館へ行くと、作家が出した手紙、それに対する友人からの返信などが展示されているコーナーがよくあるんですけど、マニアックな人たちは、その書簡をじっと眺め、この期間、この作家はどこにいたのかとか、この旅行には誰と一緒に行ったのかということを推測して、楽しんでいるんですよね。この物語は、そんなマニアックな人たちの話、という側面も併せ持っていると思います。

――生家館の担当であるのに、はじめは貴地先生の小説をあまり読んでいなかった由佳利さんですが、謎を追うなか、貴地作品を読み、どんどん好きに、そしてマニアックになっていきます。
 
大崎:貴地先生の小説は戦後に書かれた、遠い昔の話だと思っていたけれど、そこに描写されているものは今も息づくものだということがわかってきたり、何年経っても人の気持ちというものは残っていくもので、その気持ちは昔も今もそんなに変わらないものではないか、ということに由佳利さんは気付いていきますね。そして多分、由佳利さんは昔の小説だからこそ読めたと思うんです。震災があった年、「『ベルサイユのばら』しか読むことができなかった」というような話をよく聞いたのですが、人間って大きく傷ついてしまうと、何もしたくない、ましてや本なんて読みたくない、となってしまいがち。ですが、不思議なもので、今の自分から遠くにある、昔の話や外国の話なら読めることがあるんですよね。そうして時代を越え、人の心を癒してくれるというのも本の大きな力だと思います。
 
――時や場所を越え、「いつか」「ひょっこり」現れてくるサプライズもある、といううれしい予感みたいなものも物語からは滲んできました。
 
大崎:たとえ分断されたものがあったとしても、時を越えて、再び動き出し、そして受け継がれていくものはたしかにあるということが、この世界の妙味ですよね。本作は短編連作の多い私の作品のなかの、ちょっとレアな長編作。細かなところまで幾度も、幾度も手を入れつつ、書きあげた物語なので、ぜひ長編ならではの楽しさを味わっていただきたいです。


■ プロフィール

大崎 梢(おおさき・こずえ)
東京都生まれ、神奈川県在住。書店勤務を経て、2006年『配達あかずきん』でデビュー。同作をはじめとする「成風堂書店事件メモ」シリーズで人気を博す。ほかの著書に『片耳うさぎ』『平台がおまちかね』『スノーフレーク』『プリティが多すぎる』『スクープのたまご』『本バスめぐりん。』『バスクル新宿』『27000冊ガーデン』『春休みに出会った探偵は』など。また共著に『大崎梢リクエスト! 本屋さんのアンソロジー』がある。執筆集団〈アミの会〉にも参加し、同会のアンソロジー『ここだけのお金の使いかた』『おいしい旅 しあわせ編』などにも作品が収録されている。

■ 書誌情報

書名:百年かぞえ歌
著者:大崎 梢
発売日:2024年10月31日
ISBN:9784041153307
定価:1,870円 (本体1,700円+税)
ページ数:312ページ
判型:四六判 単行本
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322405000189/

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