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【書評】この小説そのものがアイドルみたいだ――安部若菜『私の居場所はここじゃない』レビュー【評者:三宅香帆】 

この小説そのものがアイドルみたいだ――

評者:三宅香帆

 アイドルとは、もっとも投影しやすい鏡である。と、しばしば思う。――小難しいことを言うけれど。ようはどんなキャラクターにいま私たちが感情移入しやすいか。アイドルを見ているとその時代の輪郭がよくわかる。
男性にモテそうな可愛らしいスターが流行するときもあれば、夢に向かってがむしゃらに頑張る少年たちが流行するときもある。それは時代の映し鏡だ。ファンはアイドルを応援しながら、自分の最も好きな――最も映りのいい鏡を、手に入れている。
 だとすると現代でグループアイドルやオーディション番組が流行しているのはどうしてだろう? きっと、こんなにも人と比べながら、自分の長所短所を見極め、そのうえで努力しなければいけない時代もないからだ。グループアイドルを見ていると、人と比べない人なんていない、とよくわかる。
······長々と前置きを書いてしまったけれど、NMB48の現役アイドルである安倍若菜さんの新刊『私の居場所はここじゃない』を読んだとき、そんなことを考えてしまった。そう、人と比べない人なんて、いない。どんなに恵まれているように見える人でも、どんなにマイペースに純朴に頑張っているように見える人でも。他人と常に比較しながら、見えないしんどさを抱えて生きている。本書はそれを丁寧に真摯に描いた小説なのだ。
 大手芸能事務所に通う、5人の男女高校生が主人公だ。小説のカメラは、5人それぞれの視点をうつりかわる。そのなかで、誰かが比較しながら嫉妬していた誰かは、また他の誰かと比較し嫉妬していたりすることが、しみじみ理解できる構成となっている。
 アイドルや俳優を目指す彼ら彼女らの日常では、未成熟に安住することを許されない。もっとダンスを上手く踊り、もっと立ち回りを洗練させ、もっとオーディションに受かる人材にならないと、必要とされない。彼らは自分の足りないところに常に葛藤し、自分の持っていないものを持っている他人に嫉妬する。
 しかし現代において、他人と比較して落ち込むのは、芸能人だけじゃない。きっと誰もが「どうして自分はこうなんだろう」と辛くなるタイミングを抱えている。だからこそ本書は素晴らしい。誰もが感情移入しやすい、きわめて深く広い普遍性を獲得した小説になっているからだ。
 読み終えて、なんだかこの小説そのものがアイドルみたいだな、と思った。つまりこの小説の持つ「比較的特別な場所にいる高校生の話であるはずなのに、きっと読んだ人だれもが共感できる、感情移入できる、自分を投影できるポイントがある」という性格そのもの。それがまるで現代のアイドルみたいだ、なんて感じたのだ。アイドルもやっぱり特別な人であるはずなのに、私たちと同じように葛藤し努力する存在であるかのように見せてくれる職業······だと思うから。
 誰かと比較しなくてもいいはずなのに、やっぱり誰かと比較してしまう。そして自分の持っていないものに目を向けてしまう。――そんな日々が細やかに描かれたのち、光のさしこむようなラストシーンがやってくる。読むうち胸が熱くなる。
 私たちは、どうすれば自分の輝きを認めてあげられるのだろう。――そんな普遍的な問いと向き合った小説だ。新人作家の描く回答が、たくさんの人に目撃されることを、心から祈っている。

書誌情報

私の居場所はここじゃない
著者:安部若菜
発売日:2024年12月06日
定価:1,760円 (本体1,600円+税)
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322404001145/

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