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【第56回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。


【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

第56回

 父親の気持ちが通じたのか、いままですやすやと寝ていた恵が急に泣き出した。慌てて腕に抱いてあやす。しかし、恵は泣き止まない。オムツが汚れているか、お腹が空いたのか。
 大橋は小上がりから立ち上がった。荷物が入ったバッグを持ち、立ち去ろうとする。その姿を見た原じいが、大橋を引きとめる。
「ここで世話をしていいぞ。お湯とかティッシュとか、必要なものがあれば持ってくる」
「いや、いいよ」
 大橋は振り向かずに答えた。胸のなかには、原じいへの失望や怒り、悲しみといった感情が渦巻いていた。いまは原じいの顔を見ていたくなかった。早く工場こうばを出て、恵の世話ができるところへ行きたい。
 大橋が工場の引き戸を開けて外へ出ようとしたとき、目の前に晶がいた。大橋もだが、晶も鉢合わせしたことに驚いているらしい。丸い目がさらに丸くなっている。
「やっぱり! 表にベビーカーが止めてあったから、メグちゃんが来てるって思ったんだ」
 晶はつま先立ちをしながら、大橋の腕のなかで泣いている恵を覗き込んだ。
「すごい大きな声だね。どうして泣いてるの?」
 晶に訊かれ、大橋は答えた。
「オムツかミルクじゃないかな」
 晶の顔がぱっと輝く。
「私がする!」
 晶は背負っていたランドセルを下ろして小上がりに置くと、工場の外へ向かった。
「手を洗ってくる。すぐ来るから待ってて!」

(つづく)


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『誓いの証言』は日曜・祝日を除く毎日正午に配信予定です。
マガジン「【連載】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉」に各話をまとめていきますので、更新をお楽しみに!

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